逃げるは恥だが役に立つ!?勝負所で向き合うならね

逃げるは恥だが役に立つ!?勝負所で向き合うならね

 

「答えはいらない!正解はひとつじゃない」シリーズ

生きることに正解はあるのか?答えは必要なのか?ということから始まったコラムシリーズ。

人間は、会社や学校、オンラインサロンに仲良しグループなど、何かしらのコミュニティに属して生きていくものです。第1弾では、主にコミュニティで生きていく中で味わう挫折や苦しみなどについて、道楽的視点での乗り越え方について述べてまいりました。

答えは必要?正解一つじゃない!

第2弾では、コミュニティに限らず、生きていく中で、自分で決めていると思っていても、気付かない内に価値基準を植えつけられていたり、知らない内に「呪縛」になっているようなことがあります。そういったことについて、『ONE PIECE』を引用しながら言及しました。他にも、映画『星の子』や『HUNTER×HUNTER』から、「家族」における、気付いていない呪縛や、植えつけられた「正しさ」などについて述べてまいりました。

『ONE PIECE』×『道楽』「価値は姿形を入れ替える」

 

そして、第3弾となる今回は、コミュニティの最小単位である、「夫婦」や「恋人」の関係性において、言及していきたいと思います。

 

恋愛における「価値」の変化

付き合う相手が変われば、相手が喜ぶことも、嫌がることも変わります。自分にとって、「愛ってこういうものでしょ?」と思ってすることが、相手にとっては愛でもなんでもなく、むしろ嫌に感じることだってあります。そこまでいかないにしても、元恋人は喜んでくれたことを、現恋人は喜んでくれない、というようなことは、誰にでも経験があるのではないでしょうか?

逆に、普通だと思っていたことが、相手が変われば異常に見えることもあります。例えば、元恋人は綺麗好き同士だったのに、現恋人がそうでなければ、「潔癖症」と映るかもしれません。

世の夫婦の離婚理由の第一位は「性格の不一致」だそうですが、性格や価値観なんて、合わなくて当然です。育ってきた環境も違えば、経験も、恋愛遍歴も違うわけです。それこそ、コミュニティのようにルールや答えが決まっているとしたら、成り立たなくて当然です。

 

夫婦の数だけ「夫婦の形」がある

よく、「夫婦のことは夫婦にしかわからない」と言います。結婚した今になって、その言葉の意味を噛み締めていますが、本当にその通りですね(笑)。

もし、夫婦の在り方が決められているものだったら、夫婦関係は成り立たないでしょう。ほとんどの夫婦が、時に我慢し合ったり、時にぶつかり合ったりして、段々とその夫婦オリジナルの形を作っていきます。本質的な意味では、「答え」はあるのかもしれません。ただ、形として「答え」が決まっていると、絶対にうまくいくことはありません。

特に今は、価値観も多様化し、晩婚化していますが、一人の時間が長いほど、自分のライフスタイルは確立されていくし、他者と相入れることはより難しくなっていきます。そんな時代背景にあって、従来の結婚観は、既に通用しなくなってきているし、これからの時代、益々変化していくことでしょう。

「結婚したくない」と言う若者が増えたり、LGBTが浸透していくことで、なおさら結婚の形は変わっていくことでしょう。そんな時代になっていきているのに、従来の古い価値観で結婚を考えていたり、結婚というものを捉えていては、時代遅れ、時代錯誤と言われてしまうかもしれません。

大事なのは、答えを定めることではなく、融合し、創り上げていくことです。つまり、自分自身で、価値を創造していくということは、自分自身が、自分にとっての「神」になる、と言えるでしょう。それは別に、誰かに崇められるような、尊敬を集めるようなものではなく、「自分自身でルールを決め、自分のことは自分でやる」という至極真っ当なものです。個人においてもそうですが、これは夫婦関係においても成り立ちます。自分たちのことは自分たちで、お互いに歩み寄り、融合し、共に自分たちの最適な形を創り上げていくということです。

 

居場所を探すことと逃げることの違い

「自分の居場所を探すこと」と、「逃げること」

夫婦という最小のコミュニティから、学校や会社、宗教といったコミュニティについて触れていきましたが、一つ申し上げておきたいのは、自分に合う場所を探せばいい、というわけではありません。

その考え方でいくと、夫婦の場合であれば、自分に合う人とめぐり逢うまで、出会いと別れを繰り返さなければなりません。果たして、理想の相手と巡り合うまで、何百年かかることでしょうか・・・。(笑)

学校であれば、自分に合わないからと、転校を繰り返せば、いつか理想の学校は見つかるのでしょうか。何度も転入校を繰り返すような、そんな短い時間では、友人関係は築くことはできないし、仮に理想の学校があったとしても、果たしてどれだけ転校することになることでしょう・・・。

会社であれば、転勤を繰り返せば、自分の希望通りの会社に巡り会えるのでしょうか。仮に、条件通りの会社に就職できたとしても、そこにはまた、嫌な上司、嫌な同僚がいるかもしれません。理想の会社に巡り合うには、履歴書は何枚必要になることでしょう・・・。

まぁ、大抵理想の会社を追い求める人は、そんな会社なんてないということに気付き、起業して理想の会社を作ろうとするのかもしれませんね。とは言え、最初から理想の会社であるということはありえませんが。

 

居場所を探して逃げること

「どこかに理想的な場所があるはずだ!」と彷徨い続ける人が、自分中心に世界と向き合った時、おそらく、世界のほとんどは都合の悪いものになるでしょう。だから人は、自分に都合の良いコミュニティを創るのだと思います。求心力の強い、カリスマ性のある人であれば、コミュニティを作り、より自分にとって居心地の良いコミュニティにできると思います。その最たる例が、最近流行りのオンラインサロンなのかもしれません。

ただ、ほとんどの人は、リーダーとしてコミュニティを作るのではなく、所属することになります。自分で選べるとはいえ、少し嫌なことがあったら、別のコミュニティに移動するということは、ある意味、「逃げる」ということでもあります。

なぜならそれは、向き合うことをせず、努力も苦労もせずに、求めるものを手に入れようとしているからです。

 

逃げることの注意

自分の場所を見つける為に、様々なコミュニティを移ろうことで、「◯◯ジプシー」と呼ばれる人たちがいます。よく言われるのは、「セミナージプシー」という方でしょうか。大金をはたいてセミナーを受講しても、自分に合わなくてまた別の高額セミナーを受講する、というような方です。

こういう方は、セミナー側からしたら、いいカモでです。「うちに来る人は、そういう方が多いんですよ。でも、うちで活躍している人は多いので、ぜひご参加ください!」という甘い言葉に誘われて、また大金を絞られる。

自分に合わないから「逃げる」ということは、手段として時には必要なことですが、「逃げ続ける」ということは、結局は支配者層や胴元に搾取されて終わりです。

ザリガニ釣りは、ザリガニの後ろに網を構えて、前に小石を落とすと、簡単に釣ることができますが、それは、ザリガニが「後ろに逃げる」という傾向があることを知っているからです。

ザリガニを釣る側(支配者層)からすれば、「逃げる」人というのは、最も簡単に釣る対象だと言えるでしょう。もしかしたら、ザリガニは逃げているつもりはないかもしれません。それこそが、厄介なことだと言えるかもしれません。

 

逃げ続けては得られないもの

「逃げるは恥だが役に立つ」というドラマがありましたが、どうしても敵わない時には逃げることも必要ということであって、逃げ続けていいわけではありません。やはり、いざという時には、立ち止まって真剣に向き合わなければならない時があります。ドラマでも、逃げずに向き合ったからこそ、二人は結ばれたわけですが、それは、恋愛や夫婦関係だけではなく、コミュニティにおいても、人生においても同じことです。

少なくとも、自分にとって必要だと思うコミュニティであれば、簡単に逃げるのではなく、向き合うからこそ、得られるものがあります。ただ、どうしても嫌なのであれば、無理する必要はありません。

 

向き合ってこそ、「逃げるは恥だが役に立つ」

ただ、逃げ続けていては、また同じように簡単に釣られてしまうかもしれないし、本当に望むものを得ることはできないものです。逃げてもいいものなのか。大変であっても、逃げずに向き合いたいのか。「正解」に照らし合わせるのではなく、自分の本音と向き合って、本当に自分が望むものであれば、それこそが自分にとっての「正解」であり、逃げずに向き合うべきことなのだと思います。

きっと、人生においての「宝」と思えるものは、逃げずに向き合ったからこそ、得られたものではないかと思います。自分にとって必要なのか、本当に望むものなのかを見極められることが、「宝」を見つける大きな力ではないでしょうか。その為にも、自分の「本心」からは逃げず、道中を楽しんで生きることが、自分にとっての正解を導き出す方程式であり、エースのように笑って死ねる生き方なのではないでしょうか。

逃げてもいい。勝負所では向き合おう

ということで、今回は「逃げるは恥だが役に立つものとは?」というタイトルで、恋人や夫婦という最小コミュニティについて述べてまいりました。

何事においても、逃げたくなるようなことはあります。しかし、嫌だからと言って逃げ続けていては、何も得ることはできません。「いつ」「どこ」でという「勝負所」を見定めて、向き合わなければ、ザリガニ釣りで釣られるように、簡単に釣られてしまうかもしれません。

自分にどのような「呪縛」があり、あたかも自分自身が決めたことも、実は植え付けられていた「価値基準」だった、ということに気付かなければ、死ぬまで本当の自分自身として、自由に生きることはできないのかもしれません。

偉そうに言っている我々だって、まだまだ本当の自分としては生きられてはいないのかもしれません。もっと、自分と向き合って、まだ気付いていない呪縛や洗脳を解き、もっと自由に、もっと道中を楽しんで、人生をもっともっと面白くしていきたいと思っています。

 

『逃げるは恥だが役に立つ』というドラマを引用したので、告知しておきます(笑)

2021年1月2日、日本中に「ムズキュン」を撒き散らした名作が帰ってきます!
4年経って、二人はどのような関係になったのか?どんな感動を巻き起こしてくれるのか?楽しみですね!!

 

 
 
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