ドラゴン桜 感動の最終回!キーワードは「道楽」

ドラゴン桜 感動の最終回!キーワードは「道楽」

 

2005年に放送された『ドラゴン桜』が、16年の時を経て復活しました。阿部寛演じる桜木先生はもちろん、生徒だった長澤まさみ演じる水野が、弁護士となって、桜木と共に帰ってきました。

16年という時間が流れ、世界は大きく変わりましたが、変わらない本質と変化する世の中に合わせた、新たな『ドラゴン桜2021』は、変わらない面白さがありました。

その最終回。思っていた以上の感動があり、【道楽】が描かれていたことで、予定していませんでしたが、今回のコラムにすることにしました。

『ドラゴン桜2021の魅力と、描かれた【道楽】について、言及してまいります。

 

ドラゴン桜 感動の最終回

藤井くんの物語

前話では、全国共通テストを受け、最終話はついに大本番の二次試験。いつのまにか、藤井くんを一番応援している自分がいました(笑)

始めこそ、憎たらしくて、性格も悪くて、「まず性格を直せ」と言われるくらい嫌な奴でした。それでも、東大専科と勝負して負けてきましたが、恥を忍んで専科入りし、専科の皆と少しずつ絆を深めていきました。

専科の生徒は、皆悩みや家庭に問題を抱えていて、藤井もその一人でした。

優秀すぎる兄二人を持つことで、劣等感が強く、高校受験も失敗したことで、親からも見放されていました。自分を認めてもらうには、東大に入ることしかありませんでした。

藤井の憎たらしさは、家庭で認められず、高校受験に失敗した劣等感によって、歪んでしまったものでしょう。

それでも、自分の弱さを認め、仲間と共に東大に向け勉強することで、次第に変化していきました。おそらく、この物語で一番変化したのはこの藤井くんでしょう。

前話でも、全国共通テストの結果が振るわず、合格する為に、希望の理系から文系に変更することにしました。そこで、文系が得意な仲間に、頭を下げましたが、「自分のために東大に行け」という桜木の言葉に、元々希望していた理系で勝負することに決めたのです。家族に認めてもらうために東大に行くのではなく、ロボット工学を学びたくて東大に行こうと決めた原点を思い出し、「自分のため」に理一に行くことを決めました。

バカにしてた奴らに負けても諦めず、東大専科に入って変わっていき、頭を下げもした。とことん自分の弱さと向き合った、そんな藤井くんだからこそ、一番応援したくなったんだろうなと思います。

 

暗闇を知ってこそ光り輝く

悪い奴が改心し、味方になる。
『ドラゴンボール』で言えばベジータのようなキャラは、時に主人公以上に人気が出たりします。


画像出典:『ドラゴンボール』鳥山明/集英社

(このシーンは、魔人ブウと戦う悟空に向けて言ったセリフですが、ベジータ史上一番格好いいと言われるシーンの一つではないでしょうか)

敵が味方になるという展開は、テッパンの胸熱展開で、今の作品には必須の要素と言えますが、それは、「自分の弱さを受け入れる」という行程を経るからです。

藤井も同様に、最初の頃は必要以上に悪役に描いているように思いましたが、話が進み、藤井の背景を知ったことで、藤井の苦しみや闇を知りました

藤井自身、自分の見たくない所、認めたくない所と向き合ったことで、変化し、進化していったんだと思います。

「ヤンキー効果」というものをご存知でしょうか?ヤンキーがたまに良いことをすると、必要以上に好印象になるというアレです(笑)。逆に、「良い人は損をする」とも言われたりしますが、良い人が良いことをしても、それほど評価されない。むしろ当然だと思われたりもします。例えるなら、明るいところでライトで照らすのと、暗いところででライトで照らすような違いがあると言えます。

藤井が最初から友達思いのいい奴だったら、健太を守る行動は特別な思いは湧かないかもしれませんが、ヤンキー効果ならぬ、藤井効果を発動したことで、より胸熱な展開になったわけです。

ライトの例でもありましたが、暗闇を知ってこそ、光はより強く輝くものです。それは、人でも同じことで、悪いことを悪いと、嫌な奴を嫌だと言うのは簡単です。むしろ、悪いことや嫌な奴から良い部分を見つけるから、光り輝くのです。さらに踏み込んで考えると、それも一つの「せいをおかげに」というものです。悪いから、嫌な奴だったおかげで、発見することができた。そう見ることができたら、悪いことも嫌なことも、「おかげ」になるのです。そうすれば、悪いことや嫌な奴は、「意味」を持ち、悪役として、この世界に必要な存在になるわけです。

悪いことや嫌なことが存在する理由は、その「役割」を発見する為なのかもしれませんね。発見するだけで、「価値に変わる」のですから。

 

健太をいじめた二人

そういう意味では、以前の藤井のような存在が現れます。それは、試験中に健太をいじめた二人組です。

重要な、東大二次試験。そこで健太は、多動性であることから、後ろと隣の席の生徒にちょっかいを出され、昼休憩ではいじめられてしまいました。

藤井に止められ、教室に戻りますが、また健太にちょっかいを出そうとします。しかし、藤井が試験官に頼んでいたことで、健太へのちょっかいは止まり、健太は無事合格することに。

しかし、合格発表の場で二人は再び現れます。藤井に言われた通り、落ちた二人は健太に腹いせをします。止めようとする小杉さんが突き飛ばされると、救世主が現れて助かります。


(このシーンも、敵だった奴が助けに来るような、胸熱展開で、これ以上なく頼もしいですね)

小橋と岩井によって、二人は退散しますが、健太をいじめた二人は、「悪」だと言えるでしょうか?

確かに、嫌な奴であることは間違いありません。物語上、味方をひいき目で見るのは当然ですが、それを抜きにしても、嫌な奴に変わりありません。

 

悪の背景を知る

ただ、彼らの「背景」を知ったらどうでしょう?

今回は背景が描かれることはありませんでしたが、彼らも藤井と同じように、劣等感や、家族に問題を抱えているかもしれません。それに、受験のプレッシャーというものもあるでしょう。ある意味、「受験教育の被害者」とも言えるかもしれないし、ちゃんと「背景」があったら、彼らの性格の理由を知ることができ、多少なり理解できるのではないでしょうか。

そうでなくても、この二人のおかげで、藤井は健太を「友達」と呼び、身を呈して守るという格好いいシーンはなかったし、怪我も興奮もせず、無事合格していたら、自分の本音と向き合うこともなかったかもしれません。

「背景を知る」ということは、敵が味方になるような劇的な変化をもたらすものです。観測者である我々が背景を知ることは、実はとても大きな意味を持ちます。そこに気付くだけでも、存在意義は変わると言えるでしょう。

救世主として現れた小橋と岩井も、藤井のように存在意義が変化した二人です。

初めこそ、桜木を陥れようとしたり、東大専科の邪魔をしましたが、いつの間にか桜木の影響を受けて子分のようにもなり、ことあるごとに専科に協力し、最終的には自らも東大を目指すようになりました。全国共通テストの結果で、東大受験はなりませんでしたが、この二人の株は、大きく上がり、小杉さんに「すごっ!」と言われるくらい、格好良い姿を見せることができたのも、いじめた二人のおかげです。(私も個人的に小杉さんに「すごっ!」って言われたい(笑))

こんな形で、「悪役」の意味というのもあるということですね。

 

道楽家・早瀬菜緒

頑張る自分を認めることができた

早瀬は、二次試験当日、体調を崩してしまいました。その影響もあってか、結果は不合格に。

今まで、何をやってもすぐに投げ出し、頑張れなかった自分が受かるわけない。それでも、岩崎が、「菜緒は頑張った!一緒に頑張れて嬉しかったよ」と抱きしめると、早瀬も「・・・うん」と頷き泣きました。この時、早瀬は本心から頑張った自分を認めることができたのです。

合格するから、自分を認められるわけではない。たとえ不合格でも、歩んできた道をしっかりとみれば、大切なものを手に入れていることに気付くはずです。それが【道楽】という考え方です。

 

「東大合格」だけに捉われなかった早瀬

早瀬は、東大には落ちましたが、初めて真剣に物事に取り組んだ事で、初めて「悔しい」という気持ちを味わうことができました。頑張ったからこそ、真剣だったからこそ、心底悔しいと思えたはずです。その「悔しさ」があれば、今度は東大合格できる・・・と思いきや、全国共通テストの結果を受けて、青学にもちゃっかり願書を出しており、青学には合格していました。「東大に向けてもう一年頑張るのは、自分には無理」と、客観的に自分を見ていて、しかも努力を無駄にしない早瀬は、中々したたかではあります。


「てへっ」

桜木も知らなかったことでしたが、「自分の人生を人任せにせず、自分で選んだ道だ」と褒められました。

ただ、東大に入るだけが全てじゃない。早瀬にとって大事なのは、「頑張れる自分になれるか」ということでした。東大には受からなくても、早瀬はなりたい自分になることができた。それこそが、一番の収穫だろうと思います。しかも、青学の合格という結果まで手にした。この中では、早瀬が一番の【道楽家】と言えるかもしれませんね。

それも、「東大合格」だけに捉われなかったことがポイントでした。だから、青学にも願書を送ることができたし、頑張ったことには変わりなく、努力を認めることもできた。何より、東大を目指して勉強したことで、青学に合格するだけの学力も身についた。これも、一つの【道楽】だと言えます。早瀬にとっては、タイプ的に東大に行くよりも、青学に行く方が、より幸せなのかもしれません。それはわかりませんが、たとえ目標を達成できなくても、実力を身につけて、少しの余裕や遊び心があれば、より良い結果を得られるかもしれない、ということを実感しました。

改めて考えると、青学に合格するのがわかっていたから、油断して二次試験で体調を崩したのかもしれません。それも、「せいをおかげに」考えてみれば、そうなることが、一番の結果になるよう、設定されていたのかもしれません。

本当の自信とは、結果だけで作られるものではなく、道中でこそ作られるものです。その上で結果が出れば、自信が確信に変わるのかもしれませんが、結果だけで作られる自信は、時として「過信」になる危険性もあるのかもしれませんね。

 

藤井の勇気

再び藤井に話を戻します。

残念ながら藤井は、東大に合格できませんでした。それは、桜木に「自分のことだけを考えろ」と言われていたことを守らず、健太をいじめから守ったことが原因でした。一度は見て見ぬ振りをしようとしましたが、かつては馬鹿にしていた友達を守るために立ち向かい、右手を怪我してしまったのです。

「俺の友達をバカにすんなよ!お前らみたいな性格の悪い奴は、東大に受からねえんだよ!お前らは落ちて、健太は受かる」

と言い放つも、藤井は合格できませんでした。

そして、東大に落ちた後、来年もう一度受験させてもらうよう、親に土下座して頼みました。

「認めるわ。俺バカなんだよ…」

少し前では考えられないような、藤井の成長が感じられ、このセリフを言った瞬間、私は涙してしまいました。親兄弟にバカにされて過ごし、認めさせるために頑張ってきた。そんな自分を「バカ」だと認めることができた。その勇気は計り知れません。バカだと認めたくないから、東大専科のことをバカにして、頑なに認めなかった。それは、自分が自分自身を認めたくなかったからです。一番認めたくないことを認めるには、どれほどの勇気がいるでしょうか。ツイッターのトレンドで「藤井くん」というワードが2位にもなりましたが、それほど影響を与えることだったのでしょう。

一番認めたくないものを認めることができたら、もう怖いものはありません

 

欲しいより大切なもの

そこまでしたのに、なぜ健太を庇って怪我をしたのかと、桜木に怒られます。

藤井が合格できなかったのは、怪我をしたからでは無く、以前ではしなかった、友達のために動くことができた自分が嬉しくて嬉しくて、興奮していたからだったのです。

「大馬鹿野郎が!」とさらに叱られるも、「今のお前なら、来年必ず合格する」と、認められるのでした。

もし、藤井が自分のことだけ考えて、健太を見捨てて合格していたらどうなっていたでしょうか?

おそらく、健太はその後の試験も邪魔されて、不合格だったでしょう。そして、後悔することだと思います。「あの時健太を助けていたら・・・」と。きっとそれをずっと引きずって、自分のことしか考えないという自己認識になって、「なりたい自分」とはかけ離れた自分として生きていくことでしょう。

健太を犠牲にして、「欲しい」という東大合格を手にして生きていくのと、「欲しい」は手に入らなかったけど、「大事なもの」を手にして生きていくのと、その先の長い人生、どちらがいいでしょうか?

もちろん、合否については健太自身の問題です。藤井が、健太を見ていなければ、仕方なかったで済むかもしれませんが、でも見てしまったんです。見てしまったことで、健太だけの問題では無く、藤井の問題にもなりました。そこで、桜木の指示に反してでも、友達を選んだ藤井は、「大事なもの」を手にすることができました。

合格者は5人いましたが、不合格だった藤井こそ、この場では主人公のようでした。

 

失敗はダメじゃない

また、藤井だけでなく、不合格だった早瀬も含めて、合格という「結果」は得られませんでしたが、「なりたい自分」になることができました。失敗や挫折というものは、負けでもなんでもなく、「そのまま行ってはダメ」なだけです。失敗したからダメなのではなく、そのまま進んでいたら、もっと大変なことになる。言い換えれば不幸になる。だから、失敗することは、実は幸せへと導く道標のようなものなのかもしれません。

ただ、その為には、見たくない自分と向き合うことや、ある意味したたかさも必要だということを、藤井と早瀬が教えてくれたように思います。

失敗したからダメなのではない。不幸への道を閉ざしてくれたものだと捉えることができれば、「せいをおかげに」することができるはずです。それを、強がりや言い訳にしないようにするには、道中でしっかりと「大切なもの」を手にすることにかかっているでしょう。

 

桜木の道楽メッセージ

東大専科の卒業式。桜木は、自分も卒業するからと、皆にメッセージを残します。

ヤンチャだった小橋と岩井には、「お前たちはもの凄い勢いで成長している。お前らの強みは、その素直さだ」と。

成長した藤井には、「お前はもう、勝つためのものは全て持っている」と。

虫が大好きな健太には、「お前はなら、虫と共生できる未来を必ず創れる」と。

親を恐れて遠慮していた小杉には、「二度と誰かに遠慮するな!お前ならどんな未来も切り拓ける」と。

安全を確認しないと何もできなかった天野には、「失敗を恐れず、迷わず飛び込め」と。

目標に向かってまっすぐ進む岩崎には、「お前の根性なら、どんな目標も達成できる」と。

すぐに投げ出してしまう早瀬には、「最後までやりきったなぁ。生まれつきの運の良さに、努力が加われば最強だ。生かしきれ」と。

すぐに自分の限界を決めてしまう瀬戸には、「諦める前に、もっと人を頼れ」と。

生徒にメッセージを送った後の、桜木のメッセージが、とても【道楽】に満ちています。

「人生で一番大事なのは、東大行くことでも、勝つことでも、結果を出すことでもない。お前らが目標に向かって過ごした一分一秒、自分の人生を変えようとガムシャラに努力したその道のり、熱意。そして仲間への思い。それこそが価値がある」

桜木は、散々「バカとブスこそ、東大に行け!」と言ってきました。それは、「結果」を求めているように見えますが、実はそうではありませんでした。夢や目標というのは、あくまで道を進むための指針でしかなく、「東大に行く」という結果だけでは意味がない。その道中で得た大切なものこそ価値があるということです。奇しくも、同時期に放送されていた、『コントが始まる』とも共通するテーマですね。

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改めて、時代は【道楽】を求めているんだなぁと実感します。

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「夢」というのは、叶える為にあるのではなく、大切なものが転がっている道中を歩む為にあるのかもしれません。夢とは言わず、目標や理想でも構いません。「歩みたくなる道」であればいいのです。

そして、水野にもお礼を言います。こういう時だけは、いつもは言うことのないことを言い、お礼に頭を下げる桜木も珍しいですね。

「終わり」が来ることの意味は、素直に本音を言う為なのかもしれませんね。

 

「自分の人生を変えることは、誰かの人生を変えることにもなる」

水野にも伝えた、桜木からの最後のメッセージです。

「人を変えることはできない。だがよぉく覚えとけ。お前らがまっすぐな思いで突き進む時、その姿は、他の誰かを動かす原動力となる。自分を信じてまっすぐ突き進め!そうすりゃいつかその姿は、人に勇気を与え、希望を与える。お前らの熱意、努力、思いやりが、周りの人間を突き動かす」

素晴らしいメッセージでした。

人の為に何かをするのではなく、自分の為にすることが、誰かの為になる。これは、とても大事なことだと思っています。「人の為」と言う方が聞こえはいいかもしれません。しかし、ぶっちゃけるなら、そんなもん嘘臭いって思えてしまいます。よく親は、「あなたの為を思って言ってるの!」と叱ったりしますが、本音は違うから、なかなか子供には伝わらないのでしょう。

同様に、自分に対して「あなたの為」と言ってくる輩は、まず怪しんだ方がいいでしょう。思いと言葉は大抵「逆」ですから。なぜなら、「人の為」と書いて「偽り」となりますが、「人の為」と言う人は、相手にとって自分の為になる為に言っていることなのです。

もちろん、「人の為」に何かすることを否定してるわけではありません。また「公の為」に尽くすこともそれはそれで尊いことです。でも、やはりまず「自分」なのです。自分を大事にせず、何が「人の為」でしょうか

 

「バカとブスこそ東大に行け!」の真意

『ドラゴン桜』といえば、「バカとブスこそ東大に行け」というセリフですが、この言葉の真意は、

「自分で考えられるようになり、誰かの価値観に惑わされず、誰かに支配されないように生きろ!」

ということだと解釈しています。

今は、様々な情報や思惑が交錯し、混沌とした世の中です。誰についていき、どの情報を取るかによって、人生は大きく変化していきます。そこで大事なのは、「誰についていき、どの情報を取るか」ではなく、「自分はどう在りたくて、どう生きていきたいか」ということです。

 

ガッキー降臨 ❤

ガッツリと濃厚な内容でお送りしてきましたが、最後は思いっきり癒されてください(笑)

前回放送された予告で、「手は打ってある」という桜木の言葉の後、誰かがやってきて喜ぶ水野の顔がありました。それは、Pではないかと、私を含め、多くの方が予想したのではないかと思いますが、現れたのは、同級生の3人でした。

(やっぱ山Pは難しいかぁ…。流石にガッキーも出ないよなぁ…)
と諦めていたら、流石になかったことにはできず、山Pは声での出演でした!それはそれで、中々胸熱な展開でした!こうなったら、ガッキーも…と思ったら、山Pから「協力者」という言葉が!

「ガッキーキターーー!!♪───O(≧≦)O────♪!!」

ガッキーが降臨し、ついつい大声が出てしまいました(笑)

おそらく、結婚後初の出演。相変わらずの可愛さではありますが、今や日本を代表する二人の女優が、同じ画面に映っているなんて、奇跡としか言いようがありません!!

この瞬間が、世界で一番美しい映像ではないでしょうか(笑)

『ドラゴン桜2021』の放送が決まり、長澤まさみが出演するのなら、他の面々も出るのではないかと予想されてはいましたが、続編の良さは、こういう所にもありますね。16年も経っているので、大きく変化していますが、今や日本トップの女優になっていて、この場で再開する。そういう感動が、このシーンにはありましたね。ガッキーを引っ張り出してくれた制作には、ほんと感謝です!!

流石の阿部寛さんも、ニンマリとガッキーを見てしまうのでした(笑)

 

『ドラゴン桜』が残した裏メッセージ

今の時代、何を選択するかで、文字通り「命取り」となります。そんな時代だからこそ、誰かに頼ったり、都合の良い情報にすがるのではなく、自分で考えて判断する力を身につけることが大事なんだと思います。

それが、このドラマとセリフに込められた、真のメッセージなのではないでしょうか。

『ドラゴン桜』は、その時代に合わせたメッセージを残しているように感じますが、また続編が作られるとしたら、その時にはどんなメッセージを残してくれるのでしょうか?

桜木先生のメッセージを受け止めて、安易に「政府」や「誰か」や「何か」の思惑に左右されないようしっかりと考えて、何者かに支配されないよう「自分の為」に生きていきたいですね。そうすることが、最終的に「自分」にとっても、「誰か」や「この世界」の為になるはずです。

規制や制限があって窮屈な時代ではありますが、それも一つの道中として、今ある中から大切なものをしっかりとつかんでいきたいものです。

 

 
 
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