死という結果の前に、生きるという道中を楽しむしかない(by マトリックス)

死という結果の前に、生きるという道中を楽しむしかない(by マトリックス)

 

新年のご挨拶

「新年がァ~~!!新年が明けている!!」


(出典:鬼滅の刃/集英社 吾峠 呼世晴)

気が付けば、前回のコラムから半年近くも空いてしまいました(^^;
楽しみにしていた方々、申し訳ありませんm( _ _ )m
ちょっと昨年の下半期は忙しい日が続き、道楽舎の3人それぞれ、存分に道中を楽しんでおりました(^^)
この半年のことを話すだけでも、コラム何本分になってしまいそうな勢いですが、3人が道中を楽しんで得たものは、コラムの中にエッセンスとして散りばめていきたいと思いますので、感じ取ってもらえれば有難い限りです。(^^)

というわけで、改めまして。

新年明けましておめでとうございます!!

皆様にとって、2021年はどのような一年でしたでしょうか?
ここ2年は、新型コロナウイルスの登場で世界が一変しました。仕事様式も変わり、生活様式も変わったことで、公私共に大きな影響を受けた方が多いのではないかと思います。

我々は道楽家なので、コロナがどうとかワクワクがどうとかを言及するつもりはありません。あくまで、目の前に起こっていることに対し、それを材料にして、如何にして自分らしく生きていくかということを突き詰めていきたいと思っています。

 

今回のコラムのテーマは、昨年末、22年ぶりに続編が公開された『マトリックス』でのワンシーンからインスパイアされたものです。

皆さんはもう『マトリックス レザレクションズ』はご覧になりましたか?ちなみに、メンバーの喜多は、まだ観ておりません。(笑)

一応お断りしておきますが、今回のコラムは、最新作は関係なく、ネタバレなしなので安心してご覧ください。(笑)

 

『MATRIX・マトリックス』とは

22年前に公開された映画『マトリックス』。この作品は、間違いなく一つの時代を作った作品だと言えます。まだインターネットが一般に普及する前の時代に、仮想空間や仮想現実(VR)というものをありありと描き、当時の人々の常識を大きく破壊したのではないでしょうか。

「私たちが生きているこの世界は、現実ではなく『仮想現実』である」

登場人物の生きている世界は高度に発達したAIがプログラミングした仮想現実で、人類は彼ら(AI)や機械に電力を供給するためだけに身体に電極を繋がれ生かされている「電池」に過ぎず、本人たちは脳内であたかも「本当の現実世界」で普通に生きて生活しているという「夢」を見せられている。それが、映画『マトリックス』の描いていた世界観です。その続編が、22年の時を経て、その後のネオとトリニティが同じようにマトリックスの世界でアップデートされて生きている世界を描いたような感じでした。まだご覧になっていない方や迷っている方は、ぜひご覧になることをオススメします。過去作も含めて、時代が変わった今振り返ってみても、最新作を見ても、見え方や感じ方が違うと思います。

 

人は死ぬために生きている?

さて、本題に入ります。
今回のコラムの元になったセリフを紹介します。

「生物の目的は死ぬことだ」

これは、『マトリックス』に出てくる、エージェント・スミスのセリフです。

詳しくいうと、3作目にあたる『マトリックス レボリューションズ』で、ネオとの最終決戦でのシーンです。

ネオとの戦いの最中、エージェント・スミスが気付きます。

「生物の目的が何であるか。それは、『死ぬ』ということ」なのだと。

このセリフの真意や、監督や制作側が『映画マトリックス』で伝えたいことがなんなのかは、本当のところはわからないし、解釈や感じ方は人それぞれだと思います。
しかし、事実として、命ある者には必ず死が訪れます。死がいつ訪れるかはわかりませんが、いつか必ず命は果てます。
どれだけ偉業を成そうとも、大罪人だと揶揄されても、愛のある人生でも、孤独な人生でも、有名人であっても、無名な一般人であっても、誰しも等しく死が訪れます。

人間において唯一平等なのは「死」だとも言われています。

歴史を見ると、誰しもが避けられない死を乗り越える為に、秦の始皇帝は不死の妙薬を探し求めました。しかし、その努力も虚しく、最後は病で亡くなりました。
『ドラゴンボール』でも、ベジータやフリーザは、不老不死を求めてドラゴンボールを探しました。

どうせ死んでしまうのに、成功することに意味はあるのか?我慢する必要はあるのか?幸せになったとて、なんの意味があるのか?

・・・死を前に、人それぞれ、色々考えることがあるのではないでしょうか。

 

「死」への恐怖

道楽舎は常々、「道中を楽しむ=【道楽】」ということをスローガンに掲げて生きています。
それは、そのように生きた方が、楽しいからです。

生きていれば、個人的(ミクロ)なことでも、社会的(マクロ)なことでも、色んなことがあります。

例えば、不幸の中にいる時は、なんで生まれてきたのか?生きている意味なんてあるのか?と考えてしまうこともあります。

昨年の流行語では、子供は親を選べないということを揶揄して「親ガチャ」なんて言葉もありました。それに派生して、「学校ガチャ」「会社ガチャ」なんて言われることもあるようです。「親ガチャ」と言われるなら、「子ガチャ」だってある、と言いたい親もいるかもしれませんね。(笑)

話を戻しますが、人間、生きている間には色んなことがあります。不幸であると感じているうちは、死んでしまいたい、消えてしまいたいと思うこともあるでしょう。逆に、幸せを感じている時は、ずっとこのままでいたい、この為に生まれてきた、生まれてきてよかった、というふうに思うのではないでしょうか。

人間にとって「死」とは、最も恐怖を感じるものではないでしょうか。なぜなら、死んだ後どうなるのかわからないからです。その不安や恐怖を和らげるために、おそらく宗教があり、死後の世界を説いていたり、あの世や天国があったり、転生輪廻があって生まれ変わるなどと様々に説かれていますが、証拠がない為、多くの人は「信じること」しかできません

今回のテーマとは逸れるのでこれ以上言及はしませんが、死ぬことへの恐怖を和らげるために、「信じる」という手段があるのだといえます。

「死んだ後どうなるのか」という分からないことで、死への恐怖を感じるわけですが、事実として「死」は訪れます。それはつまり、『現段階』では何人たりとも「死には抗えない」ということです。

 

抗えないものは『設定』のようなもの

この世界には、「抗えないもの」があります。例えば、老いていくことに抗うことはできないし、時間の流れを遡ることもできません。そして、死んで生き返ることもできません。こういった抗えないものは、努力で変えられるものではありません

例えば、『進撃の巨人』において、自由を求めるエレンの進撃を止めることはできません。
『ドラゴンボール』において、「オラ、ワークワクすっぞぉ!」と、強いヤツと戦いたい悟空の思いを止めることはできません。
『鬼滅の刃』において、陽の光を克服するために、青い彼岸花を探す為に鬼を増やし、その邪魔をする鬼殺隊を攻撃する無惨様を止めることはできません。

この「抗えないもの」とは、ある意味この世界での「設定」のようなものです。アニメやゲームなどにおける設定のようなものであり、ルール、法則ともいえます。

もしかしたら、いつの日にか人類は「死」を克服する時がくる可能性もゼロではないかもしれませんが、それはもう「設定」が変わることを意味するので、「生きる」ことの意味も変わることでしょう。

少なくとも、我々が生きている間は、その設定が変わることはないだろうと思うので、この設定の下、生きていくしかありません。

 

『死』という『設定』の前に、どうやって生きていくのか?

生きていると、抗えないものに直面することがあり、時にそれは、理不尽であったり、不条理なものもたくさんあります。特に常識的な「既定路線」をそのまま生きていると、様々な同調圧力によって意見を捻じ曲げられ、時の権力者の支配によって、知らぬ間に我々は生殺与奪の権を握られています「こうあるべき」や「やらなきゃ」を押し付けられ、他者の思惑にがんじがらめになって苦しんでいる方も多いのではないでしょうか?

そういった「既定路線」の社会を生きていくことが嫌で、【道楽家】として生きる道を選んだ我々なわけですが、以前は、そんな「既定路線」で生きていて、そこから抜け出せない苦しみを味わっていました。喜多は絶賛「既定路線」潜入中ですし、私MAXも、ここ半年は「既定路線」に入らざるを得ず、「やらなきゃ」に追われて忙殺されていました…(^^;

いくら【道楽家】と名乗ってはいても、完全に「既定路線」から外れることは現状できません。ただ、「既定路線から抜け出せない」という苦しみはありません。「こういう生き方をしてもいいんだ」と思えるだけで、人生は変わるからです。

時代と共に価値観や生き方は変わり、道楽的な生き方をしている方は増えていると思います。だって、今の社会、マジで窮屈なんだもん!(笑)社会不適合者上等!!です。(笑)

本題に戻りますが、結果として「死」が待ち受けているのであれば、抗うのでも設定を変えようとするのでもなく、設定を受け入れた上で、どう生きるのが幸せか、楽しめるのかを考えることが重要だと考えます。

 

生と死に見える「二項対立の罠」

「生と死」は、「二項対立」だと言えますが、以前から道楽舎では、「二項対立の罠」というものについて触れています。

「結果」と「過程」どっちが大事?

善と悪、成功と失敗、結果と過程、勝ちと負けなどなど、様々な「二項対立」が存在しますが、この枠にはめ込まれると、中々抜け出すことはできません。「生と死」に関しては、抜け出すことのできない「二項対立」かもしれませんが、捉え方によって生き方は変わってきます。

最近では、特にカルト的な宗教やコミュニティ、スピ系界隈では、しきりに「二極化」というワードが多く語られています。しかし、この二極化路線も、少し気をつけないと「勝ち組・負け組」「天国・地獄」「天使・悪魔」「波動が高い・波動が低い」「資本家・労働者」という、今までと同じような二項対立を煽る連中の都合の良いように使用されて、いつの間にか「無益な争い」に巻き込まれている危険性があるので注意が必要だと思っています。(この考えは結局のところ、優生思想による差別や選民思想を生み出す元凶ともなり得ます。そんな歴史はもうウンザリですよね…)

話を戻しますが・・・生と死は表裏一体なので、「死」を恐れていては、恐怖に怯えて生きていくことになります。この状態で、あなたをその恐怖から救いますよ~と、「欲望」という釣り針を垂らされたら、死を怖がっている人はいとも簡単に釣られてしまうでしょう。かといって、「死」に対して一切の恐怖がなくなっても、生きることに無頓着になってしまったり、命を軽んじることにもなり得ます。

地球上で、人類(ホモ=サピエンス)が過酷な生存競争を生き抜いてこられたのは、恐怖を感じる力が強かったからだと言われています。むしろ他の生物よりも圧倒的に弱かったからこそ、頭を使い、知恵を駆使し、なんとか生き延びることができたとも言われています。新型コロナが流行りだした頃にも、「正しく恐怖を感じよう」という言葉を耳にしました。それは、「死」に対しても同じことが言えます。

 

どうせ死ぬなら

何より、人生の結果として「どうせ死んでしまうなら、自由に生きなきゃもったいない!」と思うわけです。他者のいいなりになって生きるのも、「死」に怯えながら生きるのも、自分の意思で自由に生きるのも、最終的に待ち受ける結果(死)は同じなわけです。

「どうせ死ぬなら」と、「死」を受け入れてこそ、自分らしい人生を生き入られるようになるのだと思います。これは決して、自殺や犯罪を推奨するわけでも、他人を傷つけることを良しとするわけではないので誤解しないでくださいね自由自分勝手似ているようで実は違います。自由にはそれを選択した責任(様々な代償やリアクションを受け入れる)もあるということです。

ただ、「本当はこうしたい。こんな風に生きたい」という本音を押し殺して苦しんでいるのなら、こんな風な生き方もあるし、できるんだと、道楽舎として言っておきたいのです。

 

道は一つではない

「これしかない」と思い込むことで、抜け出せずに苦しむことあります

家族や学校、会社、社会、国家・・・コミュニティが狭ければ狭いほど、その苦しみは大きくなると思います。そこしか自分の居場所がない、と思ってしまっても仕方ないことなのかもしれません。親や家族を変えることもできないし、何度も転校したり転職するということは、昔ほどではないでしょうけど簡単なことではないでしょう。道楽舎のメンバーはみんな、履歴書を書くのが面倒なほど沢山の転職を経験しています。(笑)

私MAXの場合は、最初の会社を辞めた時、新社会人ということもあって、「会社を辞める」ということに強い罪悪感があり、辞めたくてもやめられない状況に、とても苦しみました。その結果、糸が切れてしまったように、ある日突然会社に行くことができなくなったのです。今の自分であれば、会社を辞めることに罪悪感を感じる必要なんて微塵もないと思いますが(笑)、その頃の自分にとっては、子供の頃から植え付けられた教育や常識や価値観によって苦しんでいたんだなぁと思います。当時は会社を辞めた結果、大きな挫折と自己否定をしました。その後半年くらいはニート状態になりましたから…(^^;
社会ではそれを、「辞め癖」と言われることがあると思います。喜多は現在、散々言われているところです。(笑)

でも、その「辞め癖」の裏には、「会社に依存しない」というものもあります。その学校や会社にちゃんと自分の居場所があって、目的ややり甲斐、幸せがあるのなら、辞める必要は全然ありません。でも、苦しんだり傷ついたり、不幸になったり自己否定してまで、そのコミュニティにしがみつく必要が本当にあるんでしょうか?

 

手段と目的を履き違えず、本音と向き合う

本当に大事なものは、学校や会社などのコミュニティではなく、何より自分自身、そして自分を理解してくれる家族、パートナー、仲間、友達というような存在なのではないでしょうか。

「これだけじゃない」「これじゃなくてもいい」と思えることができれば、もっと気楽に生きられるはずです。どうせ死ぬのに、望まない苦しみを味わう必要はありません。私達は、いつの間にか手段が目的になっていることがありますが、学校や会社に行くことが目的なのではなく、勉強したり成長したり出会ったり、人の役に立ったりお金を稼ぐことなどが目的のはずです。その目的が満たせないのに、本当にその手段(コミュニティ)に縛られていていいのでしょうか?

生き方や幸せは、他人が決めることではないし、「こうでなければいけない」というような、答えが一つのものでもありません。学校や会社、組織やコミュニティが必ずしも自分を幸せにしてくれるわけでもありません。どう感じるか、どうするかは全て自分次第です。幸せになるのだって自分次第であり、誰かがしてくれることではありません
我々も、みなさんを幸せにすることはできません。それは自分自身で選び取っていくしかありません。ただ、「こんな生き方や方法もあるんだよ~」と、キチンと自分自身で選んでいけるように、何らかのきっかけになればいいなと、こうして発信しています。

 

生活を担保に取られている現状を打破するには

とはいえ、会社を辞めるということに全く抵抗がないかといえば、そうではありません。会社を辞める一番のネックは、やはり「お金」ではないでしょうか。人間、生きていく上ではお金を稼がなければなりません。家賃や食費など、必要最低限なものはもちろん、税金もがっぽり取られてしまいます。遊びに行ったり旅行に行ったり、ある程度不自由ない生活をするには、月に20万円は必要になるのではないでしょうか?

収入源がなくなれば生活できなくなってしまうので、退職することはそうそう簡単にはできないでしょう。事実、喜多も会社を辞める際に、収入を担保に取られ、中々辞めれらないでいたり、すぐに転職先を見つけたいが為に、採用を優先して低条件で転職しました。その結果、またすぐに辞めることになってしまったり(^^;

実は、既に転職が決まっているのですが(笑)、今回は少し勝手が違います。というのは、数年続けてきた仮想通貨への投資が身を結び、経済的に余裕ができたのです。今までは、仕事を辞めれば経済的に余裕がなくなる為、我慢して苦しみましたが、余裕さえあれば選択肢も増えるし、何より自由度が増します。

今や公務員でも副業が認められる世の中になってきましたが、労働だけが収入ではありません。むしろ、労働はかなりの時間が拘束され、労力を要します。それなのに、収入は生活するのに必要な程度。それでは、どんなに会社が嫌でも、簡単には辞められません。

MAXの場合は、後先考えずに辞めて、その後極貧が待ち受けていたこともありますが(^^;、喜多は今、仮想通貨への投資によって、少なからず自分で選ぶ権限を手に入れました。

もちろん、色んな方法で稼ぐことはできるし、得手不得手があると思いますが、一つの手段として、仮想通貨というものもあり、喜多はその経験を生かして、Youtubeとブログをスタートさせました!

https://crypto-frypto.com

https://www.youtube.com/channel/UCOD-ZhaQ6SBkXFzh5oqTUmQ

興味がある方は、ぜひチェックしてみてください!一攫千金はいかなくても、選択肢を増やすことは可能です。簡単に稼ぐことはできないし、投資なのでリスクがあるのは当然ですが、酸いも甘いも味わってきた、道楽家・喜多だからこそ言えることを、発信しています。

より自由でいられる手段として、チェックしてみて、シェアしてもらえたらと思います(^^)

 

コラムまとめ

今回は、映画『マトリックス』のワンシーンから、【道楽】について述べてきましたが、誰もが行き着く「死」までの道中を、楽しまないともったいない!
「どうせ死ぬんだから」という視点で、自分の本音を探ってみてください本当はどう生きたいのか。今の自分でいいのか。今の仕事は本当に自分がしたいことなのか。

「死」を受け入れてこそ、「生」は活きるものです。「死んだ後どうなるか」という、どうせわからないものにこだわり過ぎず、「今の自分の本音」を掴んで生きていけば、きっと

「まったく!!!!いい人生だった!!!!」

(出典:ONE PIECE/尾田栄一郎 集英社)

と、Drヒルルクのように、誇れる人生になるのではないでしょうか。

2022年、どのような年になるかはわかりませんが、どんなことが起こるかというわからないことをアレコレ考えるよりも、今この瞬間を、いかに自分らしく、自分に正直に、本音で生きられるかを考えていったほうが、結果的に一年後、「まったく!!いい一年だった!!」と心から言えるのではないでしょうか!

というわけで、誠に勝手ながら、今年も不定期に【道楽発信】していきたいと思います。

本年も、よろしくお願いしますーー!!!

 

 
 
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