「この素晴らしい結婚に道楽を!」ナイナイ岡村さん!おめでとう!!

「この素晴らしい結婚に道楽を!」おめでとう!岡村さん!!

 

ナインティナイン岡村さん、ご結婚!

おめでたいニュースが飛び込んできました!ナイナイ岡村さんが、50歳にしてついにご結婚!

おめでとうございまーす!!

女性恐怖症だったり、モテるけどモテないと言われてきた(笑)岡村さんが、ついにご結婚されたことは、アローン会にとっても衝撃であり、大きな希望と言えるかもしれません(笑)

岡村さんといえば、『めちゃイケ』でも見せてくれた、運動神経抜群のダンスが特徴ですよね。モーニング娘との「私立岡村女子高等学校」をはじめ、SMAPのライブに乱入したり、ライオンキングにも出演し、EXILEとのコラボでは、「オカザイル」として話題となり、岡村さんも、「モテたねぇ」と語っていました(笑)

それを実現させたのは、岡村さんの、「真面目で実直な性格」だと言えます。岡村さんは、オフの時はほとんど喋らなかったり、さんまさんのボケにも真面目に返してしまって怒られたりと、テレビで見ているとは思えない姿だそうです。

岡村さんは、はっきり言って芸人向けの性格ではないと言えます。元々は、矢部さんが岡村さんを誘ったことで、お笑いの道に入りました。そして、多忙を極めた2010年には、岡村さんは精神を病んでしまい、半年程休みを余儀なくされました。

人一倍責任感の強い岡村さんだったからこそ、幾つも仕事を抱え、背負いきれない責任を負ってしまったことで、キャパオーバーになってしまったのでしょう。真面目すぎるが故の苦しみだったのでしょう。

岡村さんを誘った矢部さんとしては、コンビ解散はあり得ないと、岡村さんの帰りを待ち、冠番組を守り続けました。

『めちゃイケ』も終わり、以前よりは忙しくはなくなっただろうと思います。しかし、今年の5月に、自身のラジオでの女性蔑視の発言で、大バッシングを受けました。そのことで、また倒れてしまうのではないかと言われていましたが、相方の矢部氏がラジオの生放送に乱入し、「公開説教」という荒療治をしました。その放送では、岡村さんは終始言葉がつまり、矢部氏がフォローし続けていました。

その結果、岡村さんは自身を改め、矢部さんと向き合い、岡村さん一人で担当していたラジオにも、矢部さんが復帰しました。コンビの絆は、以前にも増して深まったようです。

そして、騒動から5ヶ月。まさかの結婚に至ったわけです。

 

「せいをおかげに」した物語

物事は、断片だけでは計れません。騒動をとってもそうだし、結婚をとってもそうです。騒動を起こしたことにも背景があります。そして、今回の結婚にも背景があります。

その「背景」にあったのが、「せいをおかげに」というものです。

女性蔑視の騒動は、間違いなく「せい」にしたくなるような出来事です。矢部さんが言うには、岡村さんの発言は表面化しただけのことで、「いつかこんなことになるだろうと思っていた」そうです。

仮に、もし騒動がなければ、ナイナイの絆は深まることなく、もしかしたら結婚することもなかったのかもしれません。

逆に言えば、問題が起こったことで、否応無く向き合うこととなり、結果として、コンビの絆が深まった。そして、結婚するに至った、と言えるのではないでしょうか。

「せいをおかげに」とは、「せい」にしたくなるような嫌なことがあっても、「おかげ」にすることができる、という意味ではありますが、真髄はそんなものではありません。

騒動が起こらなければ、コンビの絆が深まることはなく、結婚というような「おかげ」は得られなかったかもしれません。つまり、「おかげ」という報酬を得るために、「せい」になる問題を起こすのです。(もちろん、女性蔑視の発言自体を肯定しているわけではありません!)

少々スピリチュアルな話になってしまいますが、意図せずとも、心の奥にあるもの。魂と言ってもいい。潜在的に求めていることであれば、顕在意識では考えてもいないような出来事を、自ら引き寄せてしまうこともあるのです。まあスピリチュアルだろうが、リアリズムだろうが、捉われずに自由に乗りこなすのが「道楽」です。

もう少し、踏み込んでいきたいと思います。

 

問題が起こることの意味

岡村さんのヤラカシ問題

問題は、起こるべくして起こるものであり、「変化を必要としている」からこそ、問題は起こるものだと考えています。それは、自ら起こすこともあれば、意図せずに起こってしまうこともあります。

岡村さんの場合、潜在的に問題を抱えていたことで、言葉となって出てしまったと言えます。それは「失言」のようにも見えますが、ある意味、起こるべくして起こったことでもあります。

問題発言をしてしまったことで、岡村さんは大バッシングに遭い、苦しんだと思いますが、問題が起こらなければ、また精神的な病気になっていたことだってあるし、もっと多くのものを失っていた可能性だってあります。

そうならない為に、まだ対応できるうちに敢えて問題を起こした、とも考えられます。「死ぬこと以外かすり傷」という言葉がありますが、「死ぬこと」と比べれば、大したことはないことなのかもしれません。むしろ、結果としては、得るものの方が大きかったのではないでしょうか。

それは、自身の問題を受け入れて、向き合ったからこそ、「せいをおかげに」できたのだと思います。

「乗り越える」ことが前提にはなりますが、しっかりと向き合うことで、「おかげ」にすることができる。その為に、意図してもせずしても、「問題」が起こるのです。

その、自ら問題を起こすことを、【道楽舎】では、「ヤラカシ」と呼んでいます(笑)

 

大人気俳優・伊藤健太郎氏のヤラカシ

つい最近も、今大人気の若手俳優である伊藤健太郎氏が、ひき逃げ事件を起こし、ニュースを賑わせています。若干23歳にして、ドラマや映画に引っ張りだこで、『今日から俺は!』でも、正義感の強い伊藤役を演じ、好感度も高いものでした。しかし、その多忙さや、実は不釣り合いな好感度を持ってしまったことから、事件を起こしてしまった、とも考えられるわけです。

ニュースでは、

「素行が悪かった」

「天狗になっていた」
「諌め役のマネジャーと袂を分かったから」

などと言われています。後からなら何とも言えますが、結局は、本質的に見ると、ヤラカシ地雷を抱えていたんだと思います。

岡村さんの場合は、それが自分自身に向いたことで病気になってしまい、伊藤健太郎氏の場合は、事故を起こして、結果としてひき逃げをしてしまった。そうでもしないと、忙しさに飲まれ、自分を見失い、さらに大きなヤラカシをしていたのかもしれません。

それはタラレバの話になりますが、ヤラカシをすることで、結果的に、自らの心身を守ることもあります。もちろん、抱えきれずに悪化することもありますが、それも、乗り越えさえすれば、「荒療治」として、「必要なこと」として起こした「ヤラカシ」だと気付くことができるのかもしれません。

 

愛の充足

再び、岡村さんの結婚に話を戻したいと思いますが、女性不信で独身貴族だった岡村さんが結婚の決断ができたのは、「愛の充足」ということがあると見ています。

自ら蒔いた種ですが、問題発言をしてしまったことで、岡村さんは精神的にも弱っていました。岡村さんは、「カッコつけしい」だそうなので、お付き合いしている間、おそらくカッコつけていたのでしょう。アローン会部長とは言え、やはり「結婚」はしたいと思っていたと思います。しかし、「結婚」は、格好つけてできるものではありません。一緒に生活をするのですから、当然お互い今まで見えなかった姿やクセなど、相手の悪い面も次第に見えていくものです。お互いにそういう事を受け入れたり、向き合ったり、摺り寄せたり、乗り越えたりしながら共に成長していくというのが結婚の醍醐味でもあり、少なくとも、変に格好つけていては、得られる深い幸せはないでしょう。きっと岡村さんも、そうだったのではないかと思います。

ただ、問題が起こらなければ、変われなかったと述べているように、問題発言をしていなければ、「カッコつけしい」の自分を捨てることができなかったのだろうと思います。

カッコつける余裕がなくなるように問題発言をし、飾らない姿を、彼女に見せた。それでも彼女は変わらず愛してくれて、陰で支えてくれた。

これこそが、岡村さんにとっての「愛の充足」だったのだろうと思います。

カッコつけなくても、「ありのままの自分を愛される」ということは、何よりも自信になります。人間には承認欲求があり、格好良く見られたい、好かれたいと思う生き物です。その為に、ついカッコつけたり、見栄を張ったりするものですが、「ありのままの姿を愛される」ことほど、自信になるものはありません。それは、条件付きで愛されるということではなく、存在そのものを認められ、無条件で愛されるということです。そこには、善も悪も、常識もありません。

そういう相手と出逢えることや、結婚することが、一つの幸せなんだろうと思います。

 

愛を受け取るのは自分次第

岡村さんの奥さんが、本当に岡村さんのことを愛しているかなんて、証明することはできません。実は、愛されているかどうかということは、大きな問題ではないと思うんですよ。きっと、岡村さんのことを愛しているとは思いますが、例え愛されていたとしても、岡村さんが「愛されている」と認識しなければ、岡村さんにとっては愛されていることにはなりません。

逆に、それほど愛されていなくても、「愛されてるわぁ」と認識していれば、愛されていることになります。

つまりは、相手が愛しているかどうかではなく、「自分次第」だということです。

とはいえ、全く愛されてもいないのに、「愛されている」と認識することはそうそうできません。例えば子供は、愛されているかを確認する為、イタズラをしたり問題を起こしたり、時には病気になったりするものです。そうやって親の気を引いて、愛を確認したりしますが、それは大人になってもなくなるわけではありません。

岡村さんの問題発言は、無意識的に自分を追い込み、彼女の愛を確認する為に起こしたことなのかもしれません。

真意はわかりませんが、そういった側面があったのは間違い無いと思います。

「愛されている」と認識するのは、自分次第です。愛されていることに気づき、しっかりと愛を受け取れるようにしていくことが、幸せに生きる為には必要なのではないでしょうか。

この部分に関しては、感動超大作である『ヴァイオレット・エヴァーガーデン』の神回第10話を観ていただくと、よくわかるのではないかと思います。姉妹サイトのコラムで特集しているので、ぜひご覧ください。

ヴァイオレット・エヴァーガーデン 第2弾 10話神回 命をかけた七日間〜究極の母の愛〜

 

「愛」とは、生きるための「ガソリン」

ただ、愛で満たされてしまうと、愛を求める必要がなくなり、努力しなくなる、ということもあります。時に人は、愛を求めて考えられないほどのエネルギーを発揮し、ありえないことをすることがあります。例えば、岡村さんは「モテる」為に、笑いもダンスも常人以上に力を発揮していたかもしれません。ただ、愛が充足して、モテる必要がなくなってしまえば、努力をしなくなる可能性もあるわけです。最近の岡村さんを見ていると、どことなく笑いへの貪欲さが失われているように感じるんですよね・・・(笑)

「愛が充足する」ということは、とても幸せなことで、生きていく上でも重要なことだと思います。人は、愛を求め生きているように感じますが、愛とは「ガソリン(燃料)」のようなもので、愛を活力に生きていくということこそが、重要だと考えます。

そういう見方をすれば、「愛が不足」しているからといってそれを嘆くのではなく、「せいをおかげに」考えれば、不足しているからこそ、頑張れることもあるというものです。

 

「運転する」ことを「生きる」こととするなら?

「愛を求める」ということは、運転している車がガス欠しそうで、必死にガソリンスタンドを探すようなものなのかもしれません(笑)。

給油ランプが点滅して、今にもガス欠になりそうなとき、運転するのが不安になりますよね。しかし、ガソリンスタンドが中々見つからない。やっと見つかっても、閉店していたら益々焦ります。でも、確実に給油できるスタンドがあれば、安心して運転できますよね。

運転するのは、給油するのが目的なのではないはずです。どこかへ行くために、ガソリンを入れます。これを「人生」に置き換えれば、「愛」をエネルギー源として、「人生」という道を歩んでいく、という感じではないでしょうか?

何を「目的」として、何を「手段」とするか。そこを履き違えてしまうと、何のために生きているのか。どこへ向かいたいのかを見失ってしまうかもしれません。

結婚というものは、男女の愛をエネルギー源として、人生の大きな目的に向かって、一緒に手を取り合って道中を歩んでいくものなのだと思います。

道楽家のすゝめ

 

「結婚を目的」にすることの罠

今回の岡村さんの件とはあまり関係ありませんが、「結婚」というものについては、色々と思うところがあります。

岡村さんに限らず、結婚したいけどできない、という方はいるでしょうし、悩む方は多いと思います。

昔から、結婚すると「おめでとう!」とお祝いされますが、私MAXは、常々疑問に思っていたことがあります。

「なぜ結婚することはめでたいのか?」

私も、結婚の報告を聞いたらお祝いするし、おめでたいとは思います。でも、結婚したものの、その後離婚する人もいるし、結婚したが故に苦しむ人もいます。私の両親も離婚していますが、結婚したことで、本人同士の事だけではなく、お互いの「家族」や「家柄」など様々な問題に直面することがあります。中には、結婚しなければよかった、と思う方もいるのではないでしょうか?今は、職業観や価値観が多様化していますし、女性の自立率も高いことから離婚率が高くなってます。離婚することが昔よりは容易になったとは言え、「離婚は結婚の10倍負担が掛かる」とも言われますし、その時は子供が犠牲に遭います。必ずしも結婚するから幸せになれるわけではありません。結婚しているほとんどの方が、そう思っているのではないでしょうか?(笑)

むしろ、「結婚は人生の墓場」という言葉があるように、実際には大変なことの方が多く、「結婚」そのものに憧れを抱いていたり、夢を見ている方にとっては、描いていた理想とは違う現実が待っているのではないかと思います。

育ってきた環境や習慣が違うから、好き嫌いは否めないし(笑)、生活をする以上、ぶつかることもあるし、仕事やお金の問題も出てきます。子供ができれば、子育てに振り回され、教育方針で対立したり、祖父母の介入もあったりします。

 

結婚すれば幸せ?

「結婚」を「ゴールイン」と言ったりしますが、独身のゴールではあったとしても、人生においては「ゴール」ではなく、「スタート」であり、むしろ「人生のJCT(分岐点)」と言ってもいいかもしれません。

「道中を楽しむ」という「道楽」を掲げている【道楽舎】としては、「結婚」することそのものを「目的」とするのではありません。「結婚」もあくまで一つの道であり、その道中で巻き起こる様々な出来事を楽しみたいものです。「結婚」することを目的にするのではなく、「結婚したことで経験できること、その過程(道中)を味わう」ために結婚をする、と言えるかもしれません。

それに、「結婚」という「結果」だけを得たからといって、「幸せ」とは言えません。

ガソリンの例を出しましたが、給油することが目的ではないように、「結婚すること」自体が目的ではないはずです。運転するために給油をしますが、厳しい人生を生きていくには、「愛」というエネルギー源が必要になります。

結婚しただけでは必ずしもエネルギー源を確保できるわけではありませんが、そこにお互いの「愛」が通っていれば、「愛のガソリンスタンド(供給源)」を確保したと言えるでしょう。

既婚者の方にとっては、「結婚」というものが、「愛のガソリンスタンド」になっている人もいれば、「墓場」や「牢獄」になっている人もいるかもしれません・・・(^^;

未婚者の方にとっては、アニメや恋愛シミュレーションゲームのヒロインや、白馬の王子様やシンデレラのような幻想を抱くように夢見ていたり、中には、「綺麗で清楚で巨乳で料理が上手で気立てが良くて…」とか(笑)、「高学歴で高収入で身長が高くて優しくて頼りがいがあってイケメンで…」という(笑)あり得ない「条件」を付けて婚活をしている人もいるかもしれませんが・・・^^; ただ、それを目的にしてしまうと、仮に「奇跡が起きて」そのような人と結婚できたとしても、長い結婚生活の中でその条件が失われてしまえば、その結婚や幻想は脆くも崩れ去ってしまいます。

いずれにせよ、結婚することそのものを目的とするのではなく、「結婚してどうしたいのか?」ということを持っておく必要があるのだと思います。「結婚」を、自分の望む人生の「手段」として向き合ってみたら、また違った見え方ができるかもしれません。

岡村さんは、ようやく50歳にして結婚しました。もし仮に、いま結婚したくてできなくても、人生遠回りしたからこそ、最高の相手に出会えるかもしれません。それに、早くに結婚できたからといって、幸せになれるわけでもありません。人によっては、離婚を経験した後に、より絆の深いソウルメイトのような相手と出逢えるかもしれません。

岡村さんの結婚を取り上げましたが、「道楽」視点で観ると、「結婚」に対しての向き合い方や価値観が変わってくるのではないでしょうか?

これから結婚するという方は、一度自身の結婚観と向き合ってみたり、既婚者の方は、もう相手がいるからと胡座をかいていないか、成長が止まっていないか、を省みてもいいのかもしれませんね。

ということで、改めてお祝い申し上げます。

「この素晴らしい結婚に祝福を!!💛」

 

 
 

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