労働社会の表と裏、二項対立の罠(働き方三部作・中編)

労働社会の表と裏、二項対立の罠(働き方三部作・中編)

 

前編の振り返り

新年に配信したコラムから、「働く」という事について、前回のコラムでは道楽の見地から言及しました。思いの外、「働くことがあたり前になっている世の中の罠」について、深掘りしすぎて禁断の領域に足を踏み込んでしまいました…(笑)

人はなぜ働くのか?「あたり前」に仕組まれた罠(働き方三部作・前編)

今の労働社会の背景や、我々が働くことについて抱いている価値観や観念は、もしかしたら仕組まれたものかもしれないということ。仮に、仕組まれたものだとして、この社会をどう生きていけばいいのか。

禁断の領域に足を踏み込んだと申し上げましたが、中編の今回は、もう一、二歩踏み込んでいきます(笑)。もしかしたら、この社会の在り方や理想を信じる人にとっては、聞きたくもない、知りたくないことかもしれません。

 

確かめるのは、あなた自身

しか~し!知ってしまった以上、信じることはできないものです。

「信じる」ということはある意味、「知りたくないから信じていたい」という願望の表れとも取れます。

世の中、知らなければよかったと思うことも沢山あるものです。見たくないから目をつむり、「こうあってほしい」と願ってしまうのでしょう。だから、自分にとっての真実とは、「都合よく信じていること」なのかもしれません。

しかし、事実は、現実とは、もしかしたら自分が都合よく思う真実とは違うものなのかもしれません。それはまさに、映画『マトリックス』のように。

真実(?)を知りたければ、赤いピルを。現状の世界(マトリックス)に戻りたい人は青いピルを飲んでください。

…って、そんなピルは持ってないので(^^;、知りたい方は「赤いピル」を飲んだつもりでこのまま続きを。知りたくない方は、「青いピル」を飲んだつもりでブラウザバックして、別のコラムをご覧ください~(笑)

このコラムが真実を語っているかはわかりません。「信じるか信じないかは、あなた次第です!」と、都市伝説では言われますが、信じる信じないというより、「あなた自身でお確かめください」と、お伝えしておきます。

このコラムの前半は、知りたくなかった真実が描かれているかもしれません。そして、後編には、【道楽舎】が目指す働き方を提唱しています。青いピルを選んだ方も、せっかくこのコラムを読み始めていただいたので、後編を配信したら、戻ってきてくださいね~(笑)

 

何のために働くのか?

お金がないと生きられないという世の中で、収入を得るためには働かなければなりません。しかし、前回のコラムでの「ナウル共和国」の例にあったように、働かないでいても、必ずしも幸せは得られません。

仕方なく労働するにしても、悪いことばかりではなく、誰かの役に立ち、少なからずやり甲斐もあるとは思います。

ただ、「やらなきゃ」に追われて仕事することは、心の平静や余裕がなくなっていき、我が家でも離婚危機に発展しかねない事態に陥ったこともありました(^^;
単に私が悪い、という意見もあるかもしれません(笑)。もっと大変な状況にあっても、立派に生きている方もたくさんいるかと思います。

就労して、労働者として働き、それで幸せに生きられるなら、何も言うことはありません。前編のコラムで申し上げた、ベルーフ(天職)であるなら、就労しても何の問題もないでしょう。でも、収入を得るためとは言え、強制的に就職しなければならず、人によっては職場や取引先での人間関係に苦しみ、鬱になったり、場合によっては自ら命を絶つ人もいます。

生きるために仕事をするのに命を絶ってしまうなんて、本末転倒もいいところです。

だからといって、働かないで済んでしまっても、ナウル共和国のようになってしまう。さて、どうしたらいいのでしょうか。私達は、何の為に働けばいいのでしょうか?

 

労働社会の罠

前回コラムでも述べましたが、一般的には、学校を卒業すれば当たり前のように就職活動をし、大人になれば仕事をする、という認識の方が多いのではないでしょうか。しかし、逆に働かないことに慣れてしまうと、ナウルの二の舞になる危険性もお伝えしました。何より、通常は働かなければ生活していけない社会です。必然的に働かなければならないようになっているので、どうせ働かなければならないなら、幸せに向かっていきたいですよね。

「働く」ということについて言及していますが、「働く(ベルーフ)」と「労働(レイバー)」とは、分けて考えたいと思います。「労働」については、これまで述べてきた、「やらなきゃ」であったり、悪い言い方をすれば、半強制的に労働を課せられるというものです。そして、今の社会は、そういう意味では「労働」の比率が高い社会だと言えるでしょう。

誰に言われるでもなく、社会人になれば就労する。生まれた時から、なぜかそのシステムが当たり前にできている。それこそが、「労働社会の罠」なのではないでしょうか。

 

いかにして労働社会は出来上がったのか

本来、「働く」の語源は、「傍を楽(幸福)にする」ということ。「働く」ことは、報酬を得るためだけではなく、傍(周り)を楽にするもので、働くことで「お互いを楽(幸福)にし合う」ことで、皆んなが幸せに生きていくためのものでした。

大昔は、物々交換で必要なものを交換していました。しかし、物々交換は不便な面があり、一定の価値を定めることで、交換をより潤滑にするために「貨幣」というものが生まれました。

やがて「貨幣」での売買が成り立つことで貨幣経済となりました。「お金」というものが価値尺度になったことで、いつまにか報酬や収入を得る為に働く、という構図になってしまいました。貨幣とは元々、物々交換を仲介する為に生まれ、本来手段」であるはずの貨幣が「目的」になっていってしまったわけです。なぜなら、資本主義社会では、貨幣(お金・資本)を多く持っていることが、地位を築き、権力(支配的な立場)を手にできるからです。


(まあ、ダー子たちになら騙されてもいい気はしますが…w)

貨幣経済になって、お金による価値尺度が決まり、物の価値(値段)を決めやすくなりました。それにより、経済活動は活発になり、物資は豊かになったと言えます。その反面、競争によって勝ち負けが生まれ、勝ったものが強く(豊かで偉い)、負けたものは弱く(貧しく)、負けたものは、勝った強者に隷属して生きなければならなくなりました

そのお金というものは、「信用創造」によって成り立つものですが、喜多個人のサイトで言及しているので、詳しく知りたい方はこちらからどうぞ(^^)

日本円・紙幣とは? 原価20円の1万円札に価値がある理由 | フィアット・法定通貨

多くの資産を持つ者が支配者や権力者である世の中において、彼らがさらに資産を生み出すための「労働力(奴隷)」が必要となります。映画『マトリックス』でいうと、その労働力は現実世界で機械に繋がれた人間のようなものです。

その人間から、養分(電力)を得る為に、「マトリックス(仮想空間)」に閉じ込める訳です。年始のコラムでも、『マトリックス』を取り上げていますが、この映画は、なんと労働社会の構造まで描かれていたとは

死という結果の前に、生きるという道中を楽しむしかない(by マトリックス)

我々の現実においては、学校教育や社会そのものが、その構造に疑問を抱かないように都合よい労働者(家畜奴隷)を生み出す「マトリックス」なのかもしれませんね。

 

貨幣経済の表と裏

さて、ここで一つ重要なポイントがあります。

それは、物事にはすべて「表と裏」「功罪両面」があるということです。ただ単に、世の中の闇を知る、悪を暴く、というだけでは、物事の一面しか見えていないことになり、この世の中に蔓延っている「二項対立の罠」にハメられてしまう危険性があります。物事を単純に「善と悪」「光と闇」の二元論で片付けるのではなく、もっと抽象度を上げて俯瞰することで、あらゆる物事の「功罪両面」が統合的に見えてきます。どうしても人間は、「どちらか一方に偏る性質」を本能的に持っているので、その性質を利用して、支配者は民衆を常に二つのカテゴリーに分けて、感情的な二項対立を煽ることで「分断し」不満の矛先が自分達に向かないように上手に民衆をコントロールする方式を取ります。これは「分断統治 (Divide and Conquer)」と呼ばれる支配の定石パターンです。我々が俯瞰する視点を持っていないと、この策略にまんまと乗せられて同じ民族同士で無益な争いをさせられることに繋がってしまいます。物事を「良い悪い」「マルとバツ」で安易に分けて考えるクセから少し離れて、高い視点で「客観的」に物事を見ていくようにしたいものです。

同じように、当然、貨幣経済(資本主義)にも功罪の表と裏があります。「傍を楽にする」という本来の価値観で言えば、縄文時代のような太古の昔は、労働を強いられる社会ではなかったかもしれませんが、これほど経済や科学が発展することもなかったでしょう。なぜなら、みんなで分け合って、譲り合っていくような平和な社会では、人々は調和して争うこともないので、競争(勝ち負けを決める)する必要がないからです。

競争によって、勝ち負けが生まれる面がありますが、勝つためにより良いものを作る、相手よりも優位性のあるものを創造する、という優れた面もあります。競争社会では、良いものを作らないと生き残れないという側面があるからです。貨幣制度そのものは、「価値を交換する」という点において非常に優れた方法です。ただし、これが行き過ぎれば、単に勝つことやお金を得ることが目的となって、良し悪し関係なく、いかに勝つか、いかに売るかが重要になってしまい、勝てば官軍、売れてしまえばなんでも良い、という側面もあるわけです。

 

バトル・オブ・シリコンバレーの例

「バトル・オブ・シリコンバレー(原題: Pirates of Silicon Valley)」という作品を観たことはあるでしょうか?

かのスティーブ・ジョブズ(Apple社)とビル・ゲイツ(Microsoft社)の、シリコンバレーでの覇権闘争を、事実を元にリアルに描いた作品です。

この作品の中で、スティーブ・ジョブズがこんなセリフを叫ぶシーンがあります。

「Windowsより、うち(Mac)の方が優れている!!」

ビジネスパートナーとして信じていたビル・ゲイツに裏切られ、当時のコンピューターOSとしての覇権をゲイツ率いるWindowsに出し抜かれた時、ジョブズが負け惜しみのように言った言葉です。それに対しビル・ゲイツは、「そんなことは問題じゃない」と、勝ち誇った顔で答えます。ジョブスは、より美しく高性能のコンピューターを作っていた。しかしビル・ゲイツは、美的センスや性能よりもマーケットを重視していました。事実、Windows95は、販売と同時に世界的革新をもたらし、インターネット社会の礎を築きました。(しかし、Windows95は不具合が多いことで有名で、発売当初はクレームの嵐だったとか。性能においては、ジョブズの言った通りでしょう。しかし、一時天下を取ったのはMicrosoftでした)

スティーブ・ジョブズは、Macという誰もが使えるパソコンの原型を生み出し、その後もiPodiPhoneを生み出したことで有名ですが、どちらかといえば、ジョブズは美しい芸術品を作るアーティストのような存在と言えるかもしれません。ビル・ゲイツはというと、いかに売れる商品(ソフト)を作るか、というマーケッター、セールスマン(ある意味詐欺師w)と言えます。どちらが優れているとか、正しい・間違っているというつもりはありません。実際には、MacもWindowsも、かつてゼロックスの研究者が作ったGUI(Graphical User Interface)を、上手に盗んでジョブズがパクったものであり、そのジョブズが作ったMacを、さらにゲイツがパクるという、まさにパイレーツ(海賊)のような生存競争の結末でした。

ただ、結果として二人が存在したことで、色々とやましいこと(笑)が多々ありながらも、我々が現在、インターネットやPCやMacやiPhoneなどを使うことができている現実があるのです。

 

シリコンバレーの攻防に見る、二項対立の罠

シリコンバレーは、ある意味、現代科学文明の象徴と言えるかもしれませんが、このような激しい競争があり、ここ100年で科学や世界経済は大きく発展し、結果的に様々な良いものができました。しかし、競争社会の副産物として、戦争や自然破壊の問題、公害や健康被害の問題が次々に起き、行き過ぎた資本主義は、格差を益々拡大し、競争に勝つことが目的になってしまい、勝つために強制的に労働者が搾取されるようになってしまった裏もあると言えるでしょう。

このように、何事も表と裏のどちらかだけをみるのではなく、どちらも一歩引かないと全容が見えないし、気をつけないと「二項対立の罠」にハマってしまうものです。例えば、ジョブズ派の人にとっては、アンチWindowsだったり、ゲイツ派はアンチMacだったりします。本当はどちらも素晴らしく、どちらも役に立つものなはずなのに、二項対立の罠にハメられると、多くの人々は二手に分かれて対立し、敵対してしまいます。

今の世界も、目の前で起こっている「表」だけで判断するのではなく、可能な限り「裏」も見て、抽象度を上げて、冷静に、俯瞰的に物事を見て判断していくことを忘れてはいけないと思います。そうしないと、誰かの仕掛けた二項対立の罠にハメられ、望まない不毛な争いに巻き込まれて、時間もお金も健康も失ってしまうことになりかねません。それは、労働社会においても同じことが言えます。

労働社会の罠についても、ここまで散々述べてきましたが、如何せんその闇は相当深く、根強いものがあります。そして、わかっていても簡単には抜け出せない仕組みになっているのが厄介極まりないところです。

大事なのは、まず「知る」ことです。

私たちが、どのような世界(社会)を生きているのかを…

 

知ったら終い(しったらしまい)

投資用語で「知ったら終い」という言葉があります。

様々な材料や情報は、隠されていて潜んでいるうちが花で、それが周知となってしまえば、材料(情報)の妙味はなくなり、相場にとって無意味なもの(織り込み済みのもの)になってしまうという格言です。

世界には、様々な嘘や欺瞞がありますが、それを大衆に巧妙に刷り込む時に使われる手法が「欲望」「恐怖」です。このうち大衆洗脳に一番効率の良いものは「恐怖による扇動」です。これは「ショック・ドクトリン(惨事便乗型資本主義)」とも呼ばれますが、戦争や自然災害、政変などの危機につけこんで、あるいはそれを意図的に自作自演によって招いて、過激な市場主義経済改革を強行する方法です。まずは、アリもしないものをさもアルかのように大衆を恐怖で怯えさせ、頃合いの良いところで、「これが問題解決法ですよ!」と、救世主のように登場し、それに扇動された人々から、あらゆるモノ(お金・健康・人間関係・人生)を搾取していく手法です。(いや、ナニがとはいってませんよ!そういう手法が実際に歴史上様々な場面で行われてきたという事実を語っているだけです…^^;)

何が起きてるかが分からない(材料や情報が隠れている)うちは、欲望と恐怖を煽られて世界が混乱(相場が乱高下)しますが、その材料(内容・真相)が分かってしまえば、「な~んだよ、騙された~!」といって、誰かのせい、国のせい、支配者のせいにする。または過激な集団であれば、暴動や革命を起こす。ああ悲しきかな、いつの時代も大衆とはそのように都合よく踊らせれてしまうものなのです。

大事なのは、まず「知ること」です。

知って、自分の頭で考え、心で感じることです。

マジック(手品)と同じで、どんなに不思議で華麗でスゴく見えても、タネが明かされてしまうと、それは実に簡単な原理だったりします。どんなに巧妙に見えても、タネを知ってしまえば、「な~んだ!」ということです。

この世界は、すべてこのような仕組みで出来ています。

「知ったら終い」なのです。

 

中編のまとめ

中編は、前編よりも深く、労働社会の裏に踏み込んでしまいました。

最初に、『マトリックス』を引用して、赤いピルと青いピルを差し出しましたが(笑)、赤いピルを飲んで、最後までご覧いただいた方は、いかがだったでしょうか?衝撃を感じた方はいるでしょうか?果たして、どれだけ望んでいた真実があったでしょうか?場合によっては、「救いどころ無いじゃん!どうすりゃええねん!」と絶望してしまった方もいるのかもしれません。

まぁ、これでも抑えた方なんですけどね…(笑)

残念ながら、例の〇〇○騒動以降、このような誰でもが読める公的なブログには、なかなか本当の事や本音も言いづらい世の中になってきてしまいました。これも「仕組まれた罠」であることは確かなので、今後は、よくよく表と裏をシッカリ深読みしていかないと、自分や自分の大切な人達の命は守れません。かつて第二次大戦中の日本やドイツの状況を思い出してみてください。そう言う意味でも、今は「戦時中」なのです。

このような状況下では、本当に大事なことは「face to face」が鉄則になります。公式コラムでは深入りしない程度に抑えたつもりですが、興味がある皆さんには、いずれ【道楽舎】が本格始動した時に、お会いできることを楽しみにしています。

今の社会は、貨幣価値(資本主義)の下、様々な価値観が出来上がってしまいました。これには、色んな思惑や、何らかの意図があることは間違いないでしょう。だからといって、非力な一個人では社会全体を変革することは難しく、正義感だけで全ての闇を暴けばいいわけでもなく、デモに参加するでもなく、単純に構造を変えればいいわけでもないと、私達は考えています。

正直、徒労に終わるであろうことに尽力するよりも、現実を一旦受け入れた上で、自分自身がいかにして振る舞うか、ということの方が重要ではないかと考えています。

 

ということで、次回の後編では、やっと!!【道楽舎】として目指す「働き方」について提唱していきます!

今回の中編は、後編への通過儀礼のような面もありますが、良いところだけをみても、悪いところだけをみても、二項対立の罠を抜けることはできません。前・中編を通過するからこそ、後編を経て、二項対立を抜けるきっかけになると思います。

ぜひ一度、自分の中の常識を疑ってみてください。その上で、自分はどう生きるのか? そのキッカケになってもらえたら嬉しいです。

後編をお楽しみに!!

 

 
 
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