遠回りしてこそ「おかげ」になる

遠回りしてこそ「おかげ」になる

 

「せいをおかげに」

過去の失敗の"せい"にしてしまう

道楽舎では、「せいをおかげに」ということを発信し続けています。

せいをおかげに:どんな辛い人生も、コメディにする魔法

この言葉は、道楽舎にとっては理念でもあり、「道中を楽しむ」為に必要な考え方です。

人生、生きていれば、良いこともあれば嫌なこともあります。むしろ嫌なことの方が多いのではないでしょうか。思い通りにいかないことの方が多く、

「あの時ああだったら、こうなっていれば」

「たられば」を言って後悔することばかり。

過去の栄光にすがったり、何の保証もない未来に期待して、「現在」を誤魔化して生きている方もいるのではないでしょうか?

だからこそ【道楽舎】では、「イマココに生きて、道中を楽しむ」ということを発信しています。確かなものは、現在ただいまにしかないからです。

 

過去も「不確かな記憶」でしかない

過去というのは一見事実で確かなもののように感じるものではありますが、実際には、不確かでタダの記憶(データ)でしかありません。

それに、人は時間の流れや成長によって、過去の捉え方も変化します。時にはトラウマになるような出来事も、後になってみたら、実は大したことではなかったことだったりします。もちろん、その時においては大きな傷になるような出来事かもしれませんが、後からすれば、所詮はその時の記憶でしかない、ということです。

場合によっては、想像力の強すぎる人にとっては、たとえ何も起きていないことであっても、あたかも起こったことかのように思い込むこともあります。被害妄想が強い人などは、必要以上に過去に捉われる傾向があるかもしれません。

そのように、過去に起こった"せい"にしたくなるような出来事は、人によっては人生を大きく左右することがあります。

 

"せい"にしたくなること

例えば初恋

映画やドラマで描かれる様々なドラマでは、「初恋」がテーマで描かれています。日本映画第2位(’20/11/23現在)の『君の名は。』を始め、監督である新海誠作品では、「初恋」が描かれている作品が多いのが特徴です。

君の名は。が生まれた秘密!新海誠監督作品の魅力を語る!


「初恋」というものは純粋で、とても美しく、切なく、儚い
ものがありますよね。物語で描かれる様々な障害を乗り越え、結ばれた二人をみたら、このままうまくいってほしいし、結婚して幸せでいてほしい、なんて思ったりもします。しかし、実際のところ、初恋が実って結婚する人はほとんどいないのではないでしょうか?調べてみたところ、100人に一人。つまり、1% だとか…^^;。

多くても10%くらいだそうですが、いずれにせよ、「初恋は実らない」ということが言えると思います。

もし、初恋相手と結婚した人がいたら、コメントお待ちしています(笑)

あ、ちなみに私MAXの父は、初恋の人と再々婚したんですよ。二度の離婚を経験した後、同窓会で再会し、お互い独り身になっていたということで、意気投合したのち、再婚に至りました。父はその時50歳でした。やはり、初恋相手というのは特別な感情があったのかもしれないですね。身近に結婚した人がいましたが(笑)、初婚ではないので、ノーカンということで(笑)

純愛を貫くことは、物語としては確かに美しいとは思いますが、初恋が実るから幸せになれるとも限りません。人生で、たった一人しか知らないことで、幸せでいられることもあるでしょう。色んな人と出会っては別れることで、より人の気持ちがわかるようにもなり、人間として成長していけるということもあるでしょう。

初恋は、ほとんどが実らないにも関わらず、たまたま最初に当たった人がヤバイ人だったりして(笑)その悪い印象や出来事がトラウマになり、その後の恋愛や結婚に対して恐怖心を抱いてしまったり、恋に対して臆病になることもあると思います。

初恋とも限ったものではありませんが、恋愛で失敗したことがある人は、やはり恋愛に対して臆病になってしまうことはありますよね。でも、そういう経験が、捉え方によっては次の恋愛をより素晴らしいものに変えるのではないかと思います。それはまさに「せいをおかげに」と言えることなのかもしれません。

 

例えば受験

日本の教育システムは、「受験」を元にした「受験偏重教育」だと言えます。高校や大学進学の為にカリキュラムが組まれ、あらかじめ決められた「正解」を答える訓練をさせられ、受験の為に勉強しているようなものです。学生にとっては、受験に合格することは、人生の成功者であり、受験に失敗すれば、大きな挫折を味わうことになったりします。それは、人によっては人生の落伍者という烙印を押され、後の人生、「受験失敗という挫折」を引きずって、「受験に失敗した"せい"で」と生きる人もいるかもしれません。また、中には受験失敗を苦に自殺する人もいます。

受験での失敗は、"せい"にしたくなることの一つだと言えるでしょう。

また、希望通りの学校に進学できても、周りは自分以上に優秀な人も多かったりします。そこで、周りについていけず、「落ちこぼれ」になってしまうことだってあります。私MAXはそうでした(笑)

ただ、受験に合格することで、人生の成功者になるわけでも、幸せになるわけでもありません。そして、受験に失敗しても、人生の成功者と呼ばれる人もいるし、幸せになる人もいます

特に今の時代、学歴主義から実力主義に変わりつつあります。学歴に捉われて生きるのも、もはや時代遅れ。学歴そのものを否定したり軽視するつもりはありませんが、学齢が全てではなく、それも一つの基準でしかないということでしょう。

 

例えば就活

受験の先にあるのは「就活」です。多くの方が、大学や専門学校に通ってから就職に至ると思いますが、「就活」も「受験」と同じように、過酷な競争原理が働きます。希望する企業にエントリーシートを送り、それから幾つかの試験や面接を乗り越えて、内定を勝ち取ります。希望の会社に就職できる人もいれば、とりあえず内定が貰えた会社に就職する人もいます。複数の企業から内定が来て選び放題の人もいれば、どこからも内定がない人もいると思います。

就活がうまくいかない人にしたら、うまくいっている人が羨ましく思い、就職が決まらないことで、自己イメージが低下してしまうかもしれません。

その後、どこかの企業に就職したとしても、「あの時、希望通りに就職できていれば…」と、就活での挫折の"せい"にして、現状から目を背けている、というようなこともあったりするのではないでしょうか?

しかし、希望通りの会社に就職できたとしても、現状よりも良いとは限りません。もしかしたら、もっと不幸になっていることだってありえます。選択肢で分岐した世界線、言わば「ifルート」のことは、どうあっても知る術はありません。未来に憧れを抱くように、希望通りにいかなかったことに、期待してしまう気持ちもわかりますが、希望通りに行くことが今よりも良いとは限りません。だから、現状を受け入れて、「イマココ」に生きなければ、過去の"せい"にしたり、「ifルート」への妄想をして、いつの間にか人生終わってしまいます

 

例えば転職

終身雇用も廃れた現在、新卒で就職した会社で定年を迎える人は、あまり多くはないのではないでしょうか。それは安定した大企業で、希望通りの仕事ができている方や、企業の大小に関わらず、順調に昇進を続けている方くらいではないでしょうか。

そこで、新卒から定年まで勤め上げる割合を調べてみました。男性は3割程度、女性は1割にも満たない程だそうです。現状でこれくらいということは、今後はもっと割合は変わってくるでしょう。おそらくもっと減ると思われますが、もしかしたら、今後は女性はむしろ増えるかもしれませんね。

希望通りかそうでないかはわかりませんが、いざ就職しても、会社の水が合わなかったり、報酬が見合わなかったり、ステップアップの為に転職することがあると思います。

 

道楽舎メンバーの転職経歴

MAXも、都合4度の転職の末、個人事業主となりましたが、個人事業主になってからも、今の仕事である保育カメラマンに落ち着くまでは、色々やりました。私の父は、天下のTヨタに就職して、定年までの40年勤め上げましたが、父がそうだったからか、私は全く違う生き方をすることになりました(笑)

また、道楽舎メンバーの喜多は、2度目の転職をし、現在進行形で「既定路線」をあえて進んでいます(笑)

そこ、土壇場JCTじゃない?どっちに進む!?

喜多は、新卒で国家公務員となり、世間では羨ましがられるような職につきましたが、3年勤めた後、経営団体に転職しました。その時に、私MAXとカミィ、喜多の3人が出会い、【道楽舎】が結成されることとなったのですが、いずれ、結成秘話を配信するかも?です(笑)

今年、その経営団体から、貴金属を扱うナニワの下町企業に転職し、会社の奴隷として足掻いている真っ最中です(笑)

もしかしたら、また転職をするかもしれませんが、実は、転職することに、とても悩んではいました。履歴書に記載される企業が増え、27歳にして3社も渡り歩いていることに、マイナスを感じていたからです。まぁ、MAXに比べたらまだ少ないし大丈夫だと励ましたものです(笑)。個人事業主となった今からすれば、何社転職したかなんて意味はほとんどないですからね。経営者であるカミィも、様々な紆余曲折を経ていますが、むしろ、いろんな業種を経験することができて、見識が広がったと感じています。

 

「せいをおかげに」すればいい

喜多も、国家公務員を目指して、大学時代も必死に勉強をしました。しかし、辞めた今となっては、猛勉強したことも、国家公務員になったことも、意味を成してはいないかもしれません。ただ、喜多は道楽家なので、"せい"にしたまま過ごしてはいません。まだ、明確に"おかげ"になってはいない所もあるかもしれませんが、一つ一つ、"せい"にしたくなることも"おかげ"になっています。

MAXも、カミィも、まだまだ「せいをおかげに」していることはたくさんありますが、今最も「せいをおかげに」することを実感しているのは、喜多だと思います。まさに、リアルタイムで変進(変化+進化)していると言えます。そんな姿を間近で見ることでまた、MAXもカミィも刺激を受けて、"おかげ"を発見している所です。

転職する時はきっと、「今よりも良くなる」と思ってするものだと思います。職場環境や、仕事内容。そして収入面。自信を持って、期待に胸を膨らませて転職する人もいるでしょう。最悪な現状から抜け出す為に転職する人もいるでしょう。

しかし、場合によっては、転職してからの方が大変なこともあり、「転職しなければよかった!」と思うことだってありえます。そうなってしまえば、転職したことを"せい"にしてしまい、過去に捉われて生きることになるかもしれません。

 

「おかげ」は後になってやってくる

人生における、幾つかの場面で、"せい"にしたくなるようなことについて述べてきましたが、人生は選択の連続で、選択の度に後悔する事もあれば、"せい"にしてしまうような事もあります。

では、常に正しい選択をすれば良いと思いますか?

仮に、二択があるとして、正解がA、間違いがBだとして、どちらを選択しますか?

ほとんどの人が、正解のAを選ぶと思います。我々も、たぶんAを選ぶと思います(笑)

正解が決まっていて、分かっているなら、やはり正しい選択をするだろうと思います。しかし実際に正解かどうかはその時点で測れるものではなく、いざ選んだとしても、思っていたような答えではない、ということは、ここまでに述べてきました。

つまり、「選択に正解はない」ということです。これについては、また別のコラムで配信しようと思いますが、正解かどうかを決めるのは、選択する前ではなく、選択した後にしかできません。

仮に初恋が実ったり、希望通りに進学、就職できたり、転職できたとしても、その次の選択で間違えてしまえば、「過去の成功が失敗だった」という事もあります。となれば、正解だったはずの選択は、間違いだったということになります。

逆に、間違いを選択してしまい、"せい"にしたくなったとしても、その挫折や屈辱をした"おかげ"で、「正解ルート」では辿り着けなかったステージに進むことだってできるわけです。

 

遠回りしてこそ「おかげ」になる

「せいをおかげに」と常々発信していますが、"せい"にしたくなるようなことは人生の至る所にあります。それは、"せい"にしたくなるようなことが起こったからこそ、"おかげ"に変えることができるのです。逆に、希望通りの選択をしていく「希望ルート」を進んでいったとしたら、"おかげ"になることはありません。強いていうなら、頑張ったことや、苦労が報われる、ということはあるでしょう。しかしそれは、人生に刻まれるような大きな感動にはならないのではないでしょうか。

人生のどん底のような挫折や屈辱を味わうからこそ、天にも昇るような"おかげ"を味わうことができるのだと、考えています。

初恋が実らなかったことで、色んな恋愛をし、"おかげ"で最高の相手と巡り会えた。

受験に失敗し、第一希望の学校に進めなかった"おかげ"で、落ちこぼれにならずにすんだ。

希望する会社に就職できなかった"おかげ"で、新たな道が拓けた。

転職に失敗した"おかげ"で、自分のやりたいことをすることに、肚が決まった。

などなど、選択が正解だったか間違いだったかで考えるのではなく、選択した道を向き合って進んでいけば、"せい"にしたくなることであったとしても、"おかげ"に変えられることができます。本当の正解とは、"おかげ"にすることなのかもしれません。

MAX自身、今でこそ保育カメラマンとして仕事をしていますが、元々保育カメラマンがしたかったわけではありません。遠回りした結果、保育カメラマンに辿り着いたと言えます。私にとってこの仕事は大好きで、子供達と触れ合いながら、可愛い姿を写真に撮ることができることは至福だと言えます。

それは、予定通りの道筋ではなく、失敗挫折を繰り返した道でしたが、今の自分にとっては、これこそが「正解ルート」だったと胸を張って言えます。なぜなら、今までの"せい"を"おかげ"にできたからです。今"おかげ"だと思うことができれば、たとえ間違いの選択をしても、正解に書き換えることができるのです。

これからこの先、どのように進んで行くかはわかりません。その時々では、納得もできない、"せい"にしたくなるような事もあるかもしれません。コロナ禍もその一つかもしれませんが、「道楽」に生きれば、必ず「せいをおかげに」して生きられると思うし、何よりそう実感しています。この道が、どこへ続き、何が待ち受けているかはわかりませんが、道中を楽しんで、「せいをおかげに」していく道楽家であり続けたいものです。

 

間違いは、後から書き換えられる

道楽舎では、「間違いが正解」というスタンプがあります。

【道楽舎】LINE スタンプ

この言葉はまさに、「せいをおかげに」を意味するものであり、正解を押し付けてくる世の中への、道楽舎からのアンチテーゼと言えるかもしれません。

わざわざ間違いをする必要はありませんが、人間は間違う生き物です。

間違ったとしても、"せい"にして終わるのではなく、受け入れて向き合っていけば"おかげ"にすることができます。その為には、「遠回り」も必要になるかもしれません。希望通りの選択ができないことで、最短距離では進めず、時には道無き道を突き進む事もあるかもしれません。道を外れて、道草を食う事もあるかもしれません。

ただ、【道楽舎】の理念である「道中(道草)を楽しむ」という精神で、どんな道でも楽しんでみれば、それが間違いであっても、道草であっても、遠回りすることになっても、「道楽」に生きることで、"おかげ"を味わえるものです。

かのイチローさんも、こう言っています。

あのイチローさんにして、「遠回りすることが一番近道」と言っています。

さらに、『ジョジョの奇妙な冒険』第7部「スティール・ボール・ラン」では、このようなセリフがあります。

(出典:ジョジョの奇妙な冒険/荒木飛呂彦 集英社)

アメリカ横断レースが描かれた、このシリーズでのメインキャラ「ジャイロ」の名言です。遠回りしたからこそ言える、「近道」「最短の道」という言葉ですが、それこそが、自分にとっての「正解ルート」と言えるのでしょう。

 

歩んでいこう「おかげ道」

HUNTER×HUNTERのジンの名言である、

「道草を楽しめ、大いにな。
 欲しいより大事なものが、きっとそっちに転がってる」

(出典:HUNTER×HUNTER/冨樫義博 集英社)

にあるように、遠回りするからこそ、「欲しいより大事なもの」が手に入るものです。それは、「道楽」に生きるからこそ見つけられるものです。そして、その「大事なもの」を見つけられるからこそ、"おかげ"にできるのです。

逆に言えば、「遠回り」しなければ"おかげ"にならないのかもしれません。「遠回り」のことを、【道楽舎】では、「おかげ道」と呼ぶことにします(笑)

 

今回は、「せいをおかげに」という言葉を深める内容となりましたが、もし今、思っていた通りに人生が進んでいなくても、失敗して挫折に苦しんでいたとしても、全ては"おかげ"にする為であって、"おかげ"へと続いていく道を進んでいると考えてみてください

きっと、思い通りに人生を進んで行くより、想像もできないようなことが待っているはずです。

 

「選択が正解だったかは、後になってみないとわからないし、いくらでも書き換えることができる」

「遠回りしてこそ"おかげ"になる」

この二つだけでも、覚えて帰ってください(笑)

 

 
 

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