志村けんから教えられた「道楽」

みなさんご存知の通り、3月29日に日本の喜劇王・志村けんさんが、新型コロナウイルスに感染したことで亡くなりました。その衝撃は予想することもできず、どれだけ国から外出自粛を投げかけるよりも効果的なものとなり、誰もが身が引き締まることになったのではないかと思います。
小池都知事も、志村さんの死を受けて、

「コロナウイルスの危険性のメッセージを届けてくださった。
最後の功績も大変大きいものがある」

とコメントしたことが物議を醸していますが、そのニュースを観た時、「どんだけ失礼で無神経かよ・・・」と思ったものです。東京都のトップの立場としては、その気持ちがわからないでもないですが、もっと違う言葉があっただろうに。

都知事にしても首相にしても、この危機によって、真価が試されているということなんでしょう。

それは置いといて、今回は、予定していたコラムを変更して、志村けんさんから教えられた「道楽」についてお届けしたいと思います。

当たり前の日常こそ、特別な「道中」

志村けんさんが亡くなってから各局で追悼番組があり、その一つである「志村どうぶつ園」では、出演者が涙ながらに、16年間で放送された志村けんさんのVTRを観ながら、思いを述べていくという内容でした。

「志村どうぶつ園」と言えば、志村園長と「パン君」が有名なのではないかと思います。他にも、保護犬だった「チビ」を連れて、巷の街を散歩する、というコーナーも人気でした。

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(志村さんとパン君のジェンガ対決。なんと勝ったのはパン君!!)

個人的な話ですが、毎週観ていたわけではなくて、たまにしか観ていなかったんですが、それでも、思い出すシーンがありました。放送されたシーン自体は、16年続く中の一回でしかなく、その時に観ても、面白くて感動するものだったと思います。

しかし、志村さんが亡くなって、もう観れなくなってしまった今、過去の当たり前だった映像は、特別なものになりました。

人は、「失って初めてその大切さを知る」と言われます。もっと言えば、「失わなければ大切さに気付けない」のかもしれません。
それは人間でも同じで、人はいつか死ぬとはわかっていても、その時にならないと、実感はできないものです。

志村さんが亡くなってしまったからこそ、毎回の当たり前のような放送が、実は特別なものだったと気付かされました。

道楽家・志村けん

志村けんさんと言えば、『8時だョ!全員集合!』で、「志村!うしろーっ!」というのが人気でしたが、「うしろ!」と言われても、後ろを振り向きませんでした(笑)きっと、スーパーマリオに出てくるお化けのテレサは、ここから生まれたんでしょうね。

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志村さんと言えば、生涯独身で結婚をしませんでしたが、浮き世を流してきたことで有名でした。長年続いていたコント番組でも、アシスタントの女性は定期的に変わっていて、それが志村さんのお気に入りだったとか、囲っていたとか噂がありました。
特に有名なのが、「3年以内で彼女と別れる説」です。なぜ3年なのか?3年付き合うと、女性は「内縁の妻」の権利を得ることにあります。そうなると、遺産やらなんやら法的なことが絡んでくるので、そうなる前に別れていたとかいないとか・・・

ここだけ聞くと、不誠実で不謹慎にも聞こえますし、『しゃべくり007』に出演した時にも、その件に触れていました。

それに、あれだけの人です。結婚するとしたら、相手にも相当大変になると思います。結婚しない相手であるならば、ズルズル付き合わないという、志村さんの優しさなのかもしれません。

日本のコントの礎となった志村さんは、お笑いにおいても、その生き方においても、道楽家と言えます。
ちなみに、志村さんと師匠のいかりやさんとの関係性について、MAX個人のコラムで配信しています。

志村けんさんの生き様から感じたことは、道楽家とは、人に理解されなくても、自分の生き方に覚悟を持って生きる人のこと。わかってもらおうとしても、わかってもらえる訳ではない。だったら「嫌われる勇気」じゃないですが、どう思われようと、なんと言われようと、自分の考えを貫き、覚悟を持って生きることなんでしょう。

「後から見たらどう見えるか」を意識して今を生きる

道楽舎のコンセプトは、「道中を楽しむ」というものです。それは、この世界は諸行無常で、いつかは全て終わりが来て、無くなってしまうということをわかっているからです。だからこそ、「終わり」や「死」を受け入れて、「イマココ」を生きること。いつか辿り着いてしまうゴールを受け入れて、今いる場所と向き合っていくことこそが大事だと思っております。

志村さんがパン君と連れそう姿や、チビと散歩しながら地域の人と触れ合う姿。今では当たり前ではないけれど、当たり前のようにある日常こそが、実は何物にも代え難い、特別で大切なものなんだと教えられました。
それはまさに「道楽」であり、その時その時と向き合って、イマココに生きることで、その時にはわからなくても、後になって、どれだけ特別なことだったかということがわかると思います。

『進撃の巨人』で、調査兵団の団長エルヴィンは、自らの命を散らす前にこう言いました。

「我々はここで死に、次の生者に託す!!」

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出典:進撃の巨人/諫山創 講談社

志村さんに限ったことではないですが、エルヴィンの言葉を受け止めるならば、小池都知事の表面的で政治的なコメントのようなものではなく、生きた姿からしっかりと「意味」を見出していきたいものです。

道楽舎としても、後になって今を見た時に、どんなことであっても「せいをおかげに」と思えるように。間違いをヤラカシてしまったとしても、「間違いが正解」だったと言えるように。「イマココ」である道中を楽しんで、「道楽」に生きていきたいと思います。

最後に、志村けんさんのご冥福をお祈りすると共に、数え切れない笑いや生き様を見せていただいて、心より感謝いたします。

 

 
 

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